| 月刊：考研レビュー既刊分─２００４年３月 |
| ２００４年 ３月号 ４週：身近にある人類未知未踏領域 |
| ３週：１人１人の目標達成活動から得るもの |
| ２週：経営計画における目標値の上積みについて |
| １週：問題を解決しながら作る能力 |
| 無料相談コーナー |
身近にある人類未知未踏領域
浜松ホトニクスという会社の光検知器の技術が小柴博士のノーベル賞
受賞を支えたという話は、多くの人の知るところです。同社社長の晝馬
輝夫氏がよく口にすると言われている言葉があります。
「人類が知らないことはまだまだいっぱいある。人類未知未踏領域を
追究しよう」
なるほど、さすがにノーベル賞を支えた技術を開発した企業のトップの
言葉に相応しいと受け止めることができます。確かに人類未知未踏領域
と言いますと何かすごいことに感じられます。
しかし、晝馬氏の語る意味は違うようです。人類が知らないこととは、
必ずしも科学的な知識や理論だけを指すのではないというのです。
ある雑誌に紹介された、次のような晝馬氏に関わるエピソードが、
そういったことを如実に表しています。
浜松ホトニクスに、一流大学を優秀な成績で卒業して入ってきた新入
社員がいました。最初に着いた仕事は、光電管に使うガラス管を洗う
という「タマ洗い」でした。
彼は毎日、パートの女性たちと共にブラシで「タマ」を洗うことに明け
暮れていました。１ヶ月ほどして我慢の限界に達した彼は、晝馬氏に
問い質してきました。
「仕事ですから、一生懸命取り組んでいます。でも、これをいつまで
やればよろしいんでしょうか」
彼の突然の問い掛けに驚いた晝馬氏は、「タマ洗い」は大切な仕事だと
いうこととは別に、少々の意地悪意識も働いて答えたのです。
「そうだな、場合によっては死ぬまでやってもらうかもしれんな」
これには相手もムッとなって抗弁してきました。
「私は曲がりなりにも大学の工学部を出ています。ガラス管を洗って
一生暮らすんじゃどうも納得できません。私の人生はもう少し値うちが
あるのではないかと思うんです」
晝馬氏はこれに対して切り返しました。
「それじゃ聞くけど、君は何のためにタマ洗いをしているのだね」
「ガラス管をきれいにするためです」
「そうか。でも、どうなればきれいになったと言えるのかね」
「何も無い状態、何も無ければきれいだと言えると思います」
「冗談じゃない。それじゃ、ガラスが全部すり切れて無くなっても
きれいだというのか」
彼は「いや、・・・」と言いかけて黙って引き下がっていきました。
彼の仕事ぶりが変ったのはそれからでした。半年後に「きれいさ」を
計測できる技術を開発してしまったのです。この技術は同社の光電管の
性能を大幅にアップさせることになりました。
このエピソードの伝えるものは、どういうことでしょうか。これに
ついても、同誌に紹介されている晝馬氏の言葉を借りることにします。
「ガラス管をきれいにすることは大切だ、とは誰もが解っている。
だから、みんな淡々と洗う。でも、洗いながら“きれい”とはどういう
ことか、と本質的なことまで考える人はいない。本質を考えるように
なったら、そこには人類が知らないことがあふれている。物事の本質
とは、そういうもんと違いますかな」
こうした物事の本質に気付いた時、普段は当り前だと思っていたことも
解らないことだらけであることが見えてくる、というのです。晝馬氏の
言う「人類未知未踏領域」とは、こういうものなのです。
科学者が新しい発見をしたり、先端理論を作り出すのもそれに含まれ
ますが、物事の本質は、日常のありふれた現象の中に隠れており、
それと出会うことが大切だと言う訳です。
世の中の諸々のことに対して、このような考え方で臨めば、今まで
見えていなかったことが見え始めるのではないでしょうか。あちこち
から聞こえてくる創造性とか、イノベーションといったものも、身近に
ある現象へのこうした姿勢から生まれてくるものなのでしょう。
１人１人の目標達成活動から得るもの
企業の活動は目標達成活動です。企業として達成しようとする目標が
あり、これを達成するための行動計画が作られます。行動計画は、全体
計画、これをベースにした部門計画、そして社員１人１人の個人計画と
展開されます。
このような形で目標達成計画が体系的に作られ、これに基づいて組織の
行動や個人の行動が実行されていく、というのが望ましい活動パターン
なのですが、なかなかこうはいかないのが現実のようです。こうした
体系的な目標達成行動ができないと諦めてしまい、目標さえ設定しない
ケースも少なくないようです。
しかし、体系的に実行できなくても目標を設定し、その達成に向けて
行動するというパターンは習慣化し、維持したいものです。そのような
行動の中から得られるものは大変高い価値を持っているからです。その
価値については後の方で述べることにします。
目標達成行動が取れない最大の理由は、個人や組織に目標達成体質が
できていない、即ち、目標達成を意識した思考と行動の習慣が無い、
といったことです。
こうした組織や個人には、目標を達成するための行動を考えるという
ことが具体的な姿で見えて来ないのです。目標というイメージさえ持て
ないという極端なケースもあります。
このような状態にある個人や組織に対して、目標達成体質を作ることは
容易とは言えませんが、然るべき基本行動を一つ一つ繰り返し実践する
ことで実現することができます。
然るべき基本行動とは、目標を設定し、それを達成するための方法を
考え、考えたことを実行し、実行の結果を反省し、反省を次の行動に
活かす、というものです。そして、これらのことを繰り返し実践する
ことは、基本行動を習慣化することを狙いとしています。
このような体質づくり、習慣化を狙いとする場合、始めから企業の
経営目標から展開した目標を設定しますと、今までの体質に馴染まない
ものが入り込んできたために、アレルギー反応を起してしまいます。
これを避けるためには、仕事と繋がりのあるもっと身近な目標を設定
することが有効です。例えば、継続的に訪問できる新規の顧客を３軒
作る、クレーム情報の整理のためにExcelを使いこなせるようになる、
といったものでよいのです。
この程度の目標を組織の全員に自分で設定してもらい、これを組織内に
公開し、リーダーが管理するのです。リーダーはメンバーの１人１人と
話し合いの場を持ち、その目標の意義、目標達成の方法、達成に向けた
行動計画などを明確にして共有するようにします。
以後もリーダーは１人１人のメンバーと話し合いの場を定期的に持つ
ようにし、レビューを行います。これは達成状況をチェックして圧力を
かけるというものではなく、メンバーが目標を達成できるように助言を
するとか、問題を確認してその解決方法を探るといったものです。
このようなことを毎期毎期繰り返すのです。何回繰り返したら習慣と
して定着するのか明言できるものではありませんが、この繰り返しを
通して目標達成体質ができ上がっていきます。レベルが上がるに従い、
目標はより高度なものに誘導していくことになります。
こうした活動の価値の第一は目標達成体質ができ上がり、経営目標を
頂点とした体系的な目標達成活動の具体化が可能になることです。
そしてさらに、もう一つ大きな価値を生むものがあります。
それは、リーダーによるレビューです。レビューの中では色々な問題が
浮かび上がってくるでしょう。何故目標達成ができないのか、何が目標
達成を邪魔しているのか、レビューの中で見えてくるはずです。
そして、そこで見えてきた問題の殆どが、経営改善や業務改善の問題と
合致しているのです。目標を達成するために割く時間がない、必要な
データを記録する仕組みになっていない、開拓営業のためのツールが
実状に合っていない、といったことです。
こうした問題を拾い上げ、適切な対策を打っていくことによって、現場
からの、業務の最前線からの業務改善や経営改善が現実のものとなって
きます。最前線の社員の経営参加意識が生まれる基盤もできてきます。
１人１人の目標達成活動とリーダーによるレビューから、以上の
ような大きな価値が生まれることになります。経営者やリーダーには
業務負荷が増えることになるでしょうが、それ以上の価値を獲得する
機会が生まれるのです。
経営計画における目標値の上積みについて
努力目標という言葉がよく使われます。実現できそうな目標値に
幾らかの数値を上積みして、努力目標とすることが多いようです。こう
したやり方は本当に効果があるのでしょうか。若干の疑問を感じます。
言葉が与える影響から考えてみますと、努力目標という表現を使った
瞬間から、その目標は必ず達成すべき目標とは受け止められなくなり、
努力していれば達成できなくても仕方がない目標となるのです。こんな
ことでは数値を上積みした意味がありません。
簡単に達成できそうな安易な目標設定をしないようにするために、この
ような上積みも必要だ、というご意見もあるでしょう。適切な上積みの
仕方も確かに存在しますが、それはこんな単純なものではないのです。
数値を上積みして目標設定をする場合、数値の上積み分を実現する
ための方策や行動項目を具体的行動レベルで明示する必要があります。
それは新製品開発や新市場の開拓、営業活動の改善といったことに
関して、どんな行動計画に基づいて実行するのかを明示することです。
こうしたことを明確にせずに社員に意識改革や努力を求めても、社員は
困惑して動けなかったり、数値合せをするために無理な受注をしたり、
品質的に不完全なものを市場に投入したり、といったことが起ります。
こんなことが起りますと、売上目標数値は達成できたが利益率が低下
したり、クレームが多発したりして、業績は悪化します。目標数値を
上積みしたことが、逆に業績に悪影響を及ぼすことになるのです。
上積み数値を実現するための方策とその具体的行動計画が明示
されていれば、それでＯＫなのかというと、そうとは言えません。
ここでもう一つ検討すべきことがあります。
それは、その方策が業績に寄与するまでにどの程度の期間が必要かを
見定めることです。新製品開発や新市場開拓、あるいは営業活動改善の
ためのＩＴ化といったことによって業績を支えることができるのは、
何時頃からなのかを的確に見定めることです。
一般的には、このような方策の実行には相当な時間とエネルギーを要し
ます。従いまして、計画年度内にフルに効果を発揮することは殆ど無い
と言ってもよいでしょう。従いまして、上積み数値が実現するのは次の
年度以降ということになります。
ここまで明らかになれば、数値を上積みして年度目標を設定することは
無理な目標設定であることが理解できます。そこでさらに考えを進めて
いきますと、年度目標だけを設定するのでは不充分であることが見えて
きます。３カ年ほどの中期目標が必要になってくるのです。
上積み数値の実現が次年度以降になることが見えてきますと、できる
だけ早く実現できるように、今年度中にやるべきことを具体的に詳細に
計画する必要があります。そして、その行動目標をこの領域で設定する
ことが適切であろうと考えられます。
行動目標を設定する領域がもう一つあります。数値を上積みしない需要
予測そのままを年度目標として、その数値でも利益を出せるための方策
の実行領域です。コストダウンや経費削減、業務生産性の向上などの
領域がそれに当ります。
経営計画における目標設定はこうした考えの下に行われるのが適切
ではないかと思います。以上の内容を下記にまとめてみます。
１）年度計画の売上高目標は需要予測の積み上げ数値とし、努力分の
上積みをしない。
２）年度計画の経営改善対象として利益に照準を合せ、需要予測分の
売上高の範囲内でも目標利益を獲得できる業務体質を作るための
活動を立ち上げる。この領域には行動目標を設定する。
３）売上高の上積み期待分は、次年度以降に実現することを検討し、
中期計画の目標設定に反映させる。
４）中期計画の目標達成のためには、今年度から活動を開始する必要が
あるので、新商品開発や新市場開拓、営業活動改善などの活動を
計画し、今年度のできるだけ早い時期に立ち上げる。この領域には
行動目標を設定する。
多くの経営者の方々はどのようにお考えなのでしょうか。ご意見を
お寄せ頂けましたら幸いに存じます。
問題を解決しながら作る能力
このタイトルは専修大学商学部の黒瀬直宏先生の言葉です。先生に
よりますと、中国などとの比較における日本の優位性はこの点にある
とのことです。これからの日本のモノづくりの強さの基盤となるのは
これかもしれません。
中国で作ったほうがコスト高になる、日本で作ったほうが安くなる、
といったものがあります。その代表例として挙げることができるのが
デジカメのボディだそうです。
フロントパネルを例に取りますと、日本では３００円で作れますが中国
では１，０００円以上かかるそうです。この部品は、金型の設計・製作
→プレス成形→成形後の表面加工、という工程で作られますが、その間
高精度が必要とされるだけではなく、微妙な曲面や手になじむ感触など
いわゆる「テイスト」が求められるのだそうです。
こうした品質を実現する上で要求されるのが、職人技術による微妙な
調整だということですが、中国では未だこのような技術が確立されて
いないことが高コストの原因になっているようです。
こうした職人技術による類似の例は他にも数多く挙げることができ
ますが、モノづくりにおける日本の優位性を職人技術に限定して追究
するのは誤りのようです。黒瀬先生が上げられている具体例から考えて
みます。
世界でもっとも精細な図画を描く電子描画装置などを開発する、ある
研究開発型中小企業の経営者は、中国に生産拠点を移すことなど全く
考えられないと断言しています。
この企業では、装置１台当たり平均１万点に至る部品の全てを外注し、
自社内では開発、組み立て、調整のみを行うことに特化しています。
日本ではどんな部品でも入手できること、部品加工企業は考えながら
作ってくれることがこれを可能にしているとのことです。
こうした高精度、高機能の部品を納期通りに調達できるのは恐らく日本
だけだろう、というのがその経営者の基本認識だそうです。
ある工学系の研究者は、ある先進工業国で研究を進めている中で、
実験装置を作る必要に迫られました。しかし、同国内では部品が間に
合わず、数多くの部品を国外から調達する必要が生じました。
部品調達に走り回ることに貴重な研究時間を費やし、部品が揃ったので
組み立ててみますと、思わぬ食い違いも発見されて更に時間をロスして
しまい、日本における研究のありがたさを実感したとのことです。
この２つの事例が語っていることは、部品製造企業が考えながら作る
ということの重要性です。こうした生産姿勢が高度な製品の開発や製造
そして研究の生産性を飛躍的に高めることになっているようです。
考えながら作るとは、製作依頼を受けた部品を、その部品の役割を理解
した上で適切なものに仕上げるといったことです。即ち、その部品の
役割に内在している問題を解決しながら作るということであり、その
能力とは極めて高度なものだと言えます。
かつて日本の製造業を世界最強に押し上げた、品質管理活動や生産性
向上運動、絶え間ない改善活動などは、まさしく「問題を解決しながら
作る能力」の養成と発揮の場であったと言えるのではないでしょうか。
９０年代の初期にバブル経済が弾け、その後の推移の過程でこうした
活動が停滞する傾向をたどって現在に至っていますが、日本の製造業は
この間に「問題を解決しながら作る能力」を養う場を縮小させてきた
とも言えると思います。
先に述べました職人技術に関して言えますことは、やはりこれも
「問題を解決しながら作る能力」が基盤にあることが窺えます。結局、
日本のモノづくりの強みはここにあるのだ、と言えそうです。
これまでモノづくりを対象に話を進めてきましたが、このタイトルの
言葉はモノづくりに限定されないと考えてもよいと思います。
１人の人間が全てを行うにしろ、分業や協業を行うにしろ、自社内で
全てを行うにしろ、外注やアウトソーシングを活用するにしろ、自分が
担う業務の役割に内在する問題を解決しながら、適切なアウトプットを
出す、といった「問題を解決しながら業務を進める」基本姿勢が日本
企業の強さの根源になり得ると思われるのです。
そしてその実現のためには「問題を解決しながら業務を進める能力」を
養い、かつ発揮する場として、組織横断的な活動が有効に機能すると
考えられます。そしてさらに、日本人はこうした能力を養い、発揮する
ことを得意としているとも言えるでしょう。
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