| 月刊：考研レビュー既刊分─２００４年５月 |
| ２００４年 ５月号 ４週：実践ＭＯＴ（技術経営）への取り組み |
| ３週：証拠に基づいて確信を持てば人は変る |
| ２週：引きずることの効用 |
| １週：成果を支える方法論に注目して評価する |
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実践ＭＯＴ（技術経営）への取り組み
８０年代に隆盛を極めたわが国の製造業は、９０年代に入って以降
停滞の様相を強めています。特に９０年代後半には中国の急速な台頭が
あり、世界の工場の座を明け渡した感もあります。
そんな状況の中で、わが国の産業界が保有する高い技術開発力やモノ
づくり力が国際競争力の源泉であり、あらゆる産業活動を活性化して
いく原動力であるとの再認識がなされ、わが国の製造業の復権を目指す
取組みが始まっています。
産・学・官の有力機関を中心として「技術革新型企業創生プロジェクト
（ルネッサンスプロジェクト）」が立ち上がっています。また、多くの
有名大学は大学院にＭＯＴスクールを開設しています。
こうした動きの背景にあるものは、直近５年で研究開発投資がその
何倍の利益を生んだかを示す指標の日米比較です。半導体企業を例に
取りますと、何とアメリカは日本の２〜３倍もあるのです。
この事実は、事業成果を生む上で日本企業の技術が活かされていない
ことを示しています。日本企業はアメリカ企業に比べて、技術の無駄
遣いが多いことを示しています。
ＭＯＴ（Management of Technology）とは技術を戦略的に活用
して事業の成果を生み出すことを狙いとした経営の在り方のことです。
日本語では「技術経営」と呼ばれることが多いようです。
上記の事実が示しているのは、技術経営において日本はアメリカに
大きく遅れている、ということに他ならないでしょう。これを何とか
して取り戻そうというのが、先に述べました種々の取り組みです。
こうした取組によって、技術の解る経営者や経営の解る技術者が
育ってくるでしょう。また、技術開発を事業の成果に結び付けるための
方法論が明らかにされてくるでしょう。
しかし、それだけで充分と言えるでしょうか。大切なことは、ＭＯＴの
考え方や経営の仕方が企業という組織に馴染み、業務の仕組みや組織
風土として定着することであるはずです。
ＭＯＴの人材や方法論はそのための手段です。実践的かつ実効的な
ＭＯＴの実現のためには、組織に定着させるための方法論、行動論が
必要だと考えられるのです。
それは日本企業の繁栄に貢献したＴＱＣのような形態となるかもしれま
せんし、全く別の形態が編み出されるかもしれません。それは企業の
現場での知恵と工夫と努力によって生み出されることになるでしょう。
先ず第一に必要なことは、ＭＯＴに対するトップの意思決定と宣言
です。これ無くしては組織は動きませんし変りません。次の一文をよく
読んでみてください。
開発を継続的に進め、これを成功させること無しには、当社は
現在の経営環境の下で長期にわたって存続することは困難である。
当社の開発業務に関する諸問題の示すところは、保有技術を無駄遣い
していることに他ならない。今当社にとって必要なことは、これらの
問題を解決し、保有技術が無駄にならないようにすることである。
当社は経営の重心を開発に置き、保有する独自技術を更に磨き上げ、
これを活かして事業成果を獲得できる企業になることを目指す。
これは、ある企業のトップが社員に向って語り掛けた内容を、筆者が
独断で文章化したものです。この宣言はまさにＭＯＴの実践を意思表示
したものと言うことができます。
これを実行するためにスタッフが招集され、自社の実状に沿って、
全社横断的な活動が始まりました。この活動は、ＭＯＴという言葉こそ
使っていませんが、企業の活動の現実の中でどのようにしてＭＯＴの
コンセプトが示すものを実現するか、という取組みなのです。
ここではスペースはありませんので、この活動の具体的な内容を紹介
することはできませんが、ＭＯＴを産業界に根付かせるためには、こう
いった類の活動が、企業経営の現場でそれぞれの企業なりに組織され、
運営されることが必要であろうと思われます。
筆者は、こうした活動のことを実践ＭＯＴと考えています。
証拠に基づいて確信を持てば人は変る
「言いたいことは何でも言うようにしてざっくばらんにやろうや。
言われたことに対して後を引くような行為はしないよう徹底するから」
といった触れ込みで始められるミーティングがよくあります。
こうしたミーティングで、本当にざっくばらんに話し合いが行われて
いるのでしょうか。どうもそうではなさそうです。こうして始められた
ミーティングでも、出席者は当たり障りのないことしか言いません。
今まで後を引くような行為が色々とあったゆえに、こうした言葉が出て
くるのですから、これまでのことを知っている出席者は、上司から言わ
れてもそうは心を開いてはくれません。
こうしたことも、これまでに積み上げてきた組織の行為から醸成された
風土ということができます。そういう根強い風土が上記に示したような
言葉一つで変るはずはないのです。
それでは、このような組織風土を変えるにはどうしたらよいので
しょうか。言葉で変えることはできませんが、行動で変えることには
可能性がありそうです。
しかし、相当な苦労と忍耐と努力、知恵と工夫、そして情熱と誠意とが
要求されることでしょう。こうしたものを基盤とした行動の積み重ねを
通してようやく、堅固な組織内に突破口を開くことができるのです。
組織風土の改革とはそういうものなのです。
この課題に関する具体的な説明として、筆者が過去にお手伝いを
させて頂きました事例を紹介することにします。
ある中堅企業で業務改善活動を推進することになりました。活動の
軸として設けられたのが推進委員会全体会議でした。この会議の出席
メンバー全員に本音で意見を語ってもらうことが必須だということで、
推進委員会運営スタッフ全員の考えが一致しました。
テーマごとにチームを編成して活動を進め、議論の場としての推進
委員会全体会議、活動の管理と方向付け機能としての推進委員会運営
スタッフ会議が設けられました。
第１回の全体会議で委員長が方針を打ち出した際に述べられた言葉が
本稿の冒頭の言葉です。筆者の予想に違わず第１回全体会議での議論は
当たり障りのないものになってしまいました。
慣れてくれば、みんな本音でものを言うようになるだろうとの楽観論の
もとに、活動は続けられました。ところが第３回全体会議に至っても
状況は全く改善されませんでした。
運営スタッフたちは困惑していました。これでは業務改善活動が形
だけのものになってしまうことを、全スタッフが感じていたのです。
重苦しい中で運営スタッフ会議が開かれました。
悲観論、楽観論が飛び交いましたが、なかなか妙案が出てきません。
そんな時に１人のスタッフがポロッと言いました。「おれたちは今、
本音で話してるよな」と。これには全員が反応しました。
自分たちが本音で話していることを全員が自覚していました。誰かが
「ここでは本音で話せるのは何故だろう」と投げかけました。そこで
また議論が飛び交いましたが、一つの結論にまとまったのです。
「ここでは何を言っても、後を引くようなことはしないとお互いが理解
しあっており、各自に確信があるからだ」と。「だから、同じ状態を
全体会議の中で作り上げればよいのだ」と。
その日以降の運営スタッフ会議のテーマは、「本音で話しても自分
自身に後を引くようなことはない」という確信を全体会議のメンバーに
持ってもらうには、どのようにしたらよいのかということでした。
やってみようということになったのは、運営スタッフのメンバーの
１人がある権威者の部署の現状の改革を提案することでした。これに
よって、委員長方針がウソでないという証拠を見せようという訳です。
これで権威者が方針に反する行動を取るようなことがあれば、活動その
ものを諦めなければならないし、そのスタッフにもまずいことが起る
かもしれない、という背水の陣でもありました。幸いにも、次の全体
会議では思い通りの結果となりました。
１回だけではなかなか確信にまでは至らないだろうとの考えから、運営
スタッフたちは知恵を絞って同様のことを繰り返し実行しました。
そして３回を重ねるに至った時、全体会議出席者から、まさに本音だと
言える意見が出始めたのです。
運営スタッフたちのこうした努力と忍耐と知恵と工夫によって、全体
会議は活性化し、各チームの活動も活発になり、業務改善活動が進め
られていきました。
このお話は、業務改善活動の推進が組織風土改革の糸口となる一つの
例です。この中に示されているように、人の行動姿勢が変るためには、
「変ってもいいんだ、何の支障もないんだ」という確信が必要であり、
確信をもたらすに相応しい証拠が必要だということが言えるようです。
引きずることの効用
物事には手際よく対応して、スパッと終らせて区切りを付けるのが
良いという考え方が一般的なようです。こういうやり方のほうが、次の
新しいことに心置きなく取り組むことができる、といったメリットが
あります。
そして、こうしたやり方をする人をもって、有能な人とか仕事のできる
人といった評価をする訳です。一つの仕事に区切りを付けられず、いつ
までも引きずるようなことは、仕事をする上で好ましくないと受け止め
られるのです。
クレームの処理、工事の検収、販促企画の立案、業務の標準化という
ような仕事については、このような受け止め方が妥当だと言えます。
また、事務処理や雑用に関してもそうでしょう。
しかし、全ての仕事がそうだとは言い切れないようです。早く仕切りを
付けてしまうことが成果を活かす上で好ましくないこともある、という
のが現実なのです。
一つの例として業務改善活動について考えてみます。改善チームを
編成して活動を始めてから１年が経ちました。生産性を高める上で有効
と評価される成果が得られました。
そんな折、この活動を続けるか否かについて、意見の対立が発生したの
です。やめるという側の主張は「これだけの成果が得られたのだから
役割は全うした。解散して本来業務に集中しよう」というものでした。
続けるという側の主張は「改善課題はまだいくらでもある。これらの
課題を放置しておくのは得策ではない。改善成果は本来業務の生産性を
高めることに貢献するはずだ」というものでした。
やめる側の主張は、成果が出たのだから、いたずらに引きずって時間の
無駄遣いをするようなことはしないで、活動に区切りをつけよう、
というものです。
続ける側の主張は、未だ課題が残っているのに活動をやめてしまえば、
あの活動は何だったのだろうかということになり、得られた成果でさえ
元の木阿弥となってしまうのではないか、ということです。
どちらにも一理あるように見えますが、読者の皆さんはどちらの
主張を支持されるでしょうか。筆者の経験から言えますことは、続ける
側の主張のほうが現実を的確に捉えているだろうということです。
一般的に、改善活動の成果は定着するまでにそれなりの時間と労力を
必要とします。今までとは違うやり方を取り入れる訳ですから、個人も
組織も当初は抵抗感を持つものです。成果の定着にはこのような状態を
乗り越えなければなりません。
そういうことですから、改善活動の成果が得られただけの段階で活動を
やめてしまえば、その成果が組織内で活かせる状態になる前に消滅して
しまう可能性が高いのです。
従いまして、こうした活動は「引きずる」必要があるのです。「引き
ずる」ことの効用が高いのです。「引きずる」ことは、その活動の基本
精神や取り組み意識を持続させることにもなります。
活動を「引きずる」ということは、新しいテーマに取り組むという
単純な継続ではなく、これまでに得られた成果の定着にも取り組むと
いうことなのです。
こうした活動の目的は、組織の風土と体質を好ましいものに作り変える
ことにある訳ですから、このような継続、即ち「引きずる」ことは
当然のこととしてやるべきことなのです。
これはあたかも、病気の治療だけに終ることなく、病気に罹らぬような
強い体質を作る指導を行うお医者さんの行動に似ています。こういった
お医者さんが、治療を引きずるといって評判を落としている例もある
ようですが、これも表面だけしか見ない無知のなせる業でしょう。
引きずることのほうが正解の場合も世の中には多く存在します。引き
ずることの効用の意味を正しく認識して、仕事の場面で「区切りを
付ける」ほうがよいのか、「引きずる」ほうがよいのか、適切な判断を
したいものです。
成果を支える方法論に注目して評価する
部下に仕事を指示し、その結果を評価することは、経営者や管理者に
とって日常のことです。そして、こうしたことの積み重ねと連関が
会社の業務の内容と形態をかたちづくっている訳です。
指示と評価は業務推進のかたちの基本構造をなす訳ですが、その中身は
まちまちです。業務のレベルや人材のレベルによっても違いが出て
きますが、個人的特性によっても相違があります。
指示について取り上げてみます。新人に指示する場合とベテランに
指示する場合では、同じ業務内容でも指示内容が違ってきますし、
フォローの中身も違ってきます。
新人には仕事の目標とするゴールを明示するとともに、手順や方法の
指導もされることでしょう。それに対してベテランには、ゴールを明示
するだけで、あとは任せるということになるでしょう。
評価についてはどうでしょうか。新人には手順や方法まで指導した訳
ですから、指示通りの手順や方法で進めたかどうかを確認し、その上で
ゴールに到達した成果を評価することになります。ベテランに対しての
評価は、ゴール到達の成果のみを評価することが多いようです。
こうしたやり方が一般的なようですが、業務の特性や上司の人的特性に
よっては、新人でもゴール到達の成果だけを評価するケースも少なく
ないようです。
望ましい指示と評価の在り方は次のようになります。
＜指示＞
１．業務の目的
２．業務のゴール
３．業務の納期
４．業務を構成する作業項目（新人の場合）
５．各作業項目ごとの予想所要時間（新人の場合）
６．各作業項目の時間軸への割り付け（新人に計画指導の場合）
＜評価＞
１）業務のゴール到達に関する成果の良否
２）成果を出すプロセスにおける改善の工夫とその方法論
上記の指示と評価の項目の中で、比較的忘れられたり、無視されたり
しがちなのが、２）の改善の工夫と方法論の評価です。実は、この評価
項目は組織を活性化し、元気にする上でたいへん重要なものなのです。
改善の工夫や方法論を評価するということは、仕事のやり方をどう改善
したか、より生産性の高い方法を考案したか、といったことを先ず問い
かけ、その答を評価することです。
こうしたことを評価するためには、上司として業務に通じていることが
求められると同時に、生産性向上や業務改善に関する見識を備えている
ことが不可欠になります。上司としてはそれに相応しいだけの勉強が
必要になる訳です。
こうした評価は部下に対しても大きな影響を与えることになります。
仕事を指示された部下は、言われたことだけをやってアウトプットを
出すだけでは、上司の評価に応えることができません。
どんな仕事を指示されたにしろ、常に仕事の仕方に関する改善の工夫と
その方法論を追究する姿勢を持つことが必要になります。こうして、
組織に業務改善と生産性向上の風土が定着する基盤ができるのです。
改善の工夫と方法論の評価が及ぼす影響はこれだけではありません。
改善の工夫と方法論が業務の生産性を高めたり、より品質の高いアウト
プットを出す上で、効果の高いものである場合、上司はこれを賞賛
することが大切です。
賞賛を受けることにより、人間は仕事に対してより高い意欲を持つもの
です。高い意欲を持って仕事に取り組む人間は、もう一段高いレベルの
工夫をするようになります。
即ち、他者や環境の圧力によって改善の工夫と方法論の追究姿勢を持つ
ようになるだけではなく、動機付けられて自己の内部から湧き上がる
ものによってその姿勢がより強固なものになるのです。
こうしたことが、生産性が高く常に進歩しようとする意欲を持つ組織を
作る上で大きな力となり、会社を元気にすることに大いに役立つものと
思われます。
成果を支える方法論に注目して評価を行うということが、経営改善の
重要課題として、個々の組織でもっと深く具体的に追究されることに
期待を寄せている次第です。
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