| 月刊：考研レビュー既刊分─２００４年９月 |
| ２００４年 ９月号 ４週：無駄の除去？余力の喪失？ |
| ３週：相手が見えにくい競争に勝つ |
| ２週：失敗を恐れるな、の意味を究める |
| １週：真似をされないための工夫 |
| 無料相談コーナー |
無駄の除去？余力の喪失？
無駄の除去は業務の効率化や生産性向上に取組む場合の定番です。
無駄とは、時間の無駄使い、材料やエネルギーの無駄使い、お金の無駄
使い、といったことです。
時間の無駄の排除は、労働効率や設備の稼働率を高めます。材料や
エネルギーやお金の無駄の排除は、原価や間接費用を低減します。その
結果として、売上高と利益の向上につながってきます。
以上のようなことを徹底して行うことは、企業が市場で競争し、業績を
維持・向上させていく上で欠くことのできないものです。しかし、最近
無駄の解釈が少し変ってきているようにも受け止められます。
資本効率とか資本の生産性という言葉があります。こうした切り口で
無駄を見ていきますと、総資本に対する現金・預金の比率が高過ぎる
ことは資本の無駄遣いということになります。現金・預金は、それが
労働や設備や材料などに投資されない限り、債券や株式に投資されない
限り、事業の成果を生まないからです。
現実の事例で見ますと、あの巨大利益を上げているトヨタよりも日産の
ほうが資本効率は良好だということになります。トヨタは資本効率を
上げることができれば、もっと利益が出るはずだということなのです。
支払い能力から見た経営の安全性という視点からは、現金・預金の
比率が高いことは悪いことではありません。経営上の余裕とか投資余力
とも解釈することができます。
建設業界でも似たような現象が起っています。現金・預金の比率が
高い、即ち支払い能力が高い企業が好業績を上げているのです。いま
厳しい状況にある建設業界の下請業者の最大の関心事は、工事代金を
早く支払ってもらうことです。
支払い能力の高い企業には、仕事を求めて多くの下請業者が群がって
きます。そんな企業が他社よりも安価に工事を発注できるようになる
のは自然の成り行きです。こうして指標の上では資本効率が余り良く
ないと言われる企業が好業績を上げることになるようです。
生産能力にも見方の変化があるようです。電子機器の開発試作品の
プリント基板の製作を他社ではできない短納期で請負っている企業が
あります。同社では請負価格は納期が短いほど高く設定されています。
こうした事業は、自社内の人や設備が常にフル稼動している状態では
不可能です。急ぐ試作品に直ぐに着手し、タイムラグを最少にする
ためには、常に待機しているパワーが必要です。
現に同社は、常時生産の３割くらいの余力を生産能力に持たせていると
言われています。労働効率や設備稼働率から見れば良好とは言えない
状態がこの事業を成り立たせ、成果を上げているのです。
このような事実を合わせて考えますと、無駄に関しての解釈を旧来の
考え方で行うことは適切ではない、と言えそうです。旧来の考え方では
無駄と解釈されることが、適切な解釈をすれば余力ということになる
こともあるのです。
適切な解釈のための切り口として、付加価値と効果が考えられます。
コストではなく付加価値、効率ではなく効果、という視点で見ていくの
です。コストの視点から見ますと上記電子メーカーの人や設備の状態は
無駄を多く抱えていることになります。
しかし、付加価値の視点から見ますと、コスト視点からは無駄と解釈
される人や設備の状態が、大きな業績成果の獲得に効果を上げている
ことが見えてくるのです。
上述の建設会社の場合には、総資本に占める現金・預金の比率が
高すぎて資本効率を悪くしています。しかし、それによって生まれた
支払い能力の高さが下請業者への発注価格を下げ、付加価値獲得に
効果をもたらしています。即ち、効率は悪いが効果は高いという現象を
引き起こしているのです。
他の事例でも、付加価値の発生の基盤になっているもの、付加価値の
獲得の効果を高めているものを的確に把握した上で、経営の実態を
捉えていきますと、成る程と思えるものが見えてくると思います。
生産性を上げようとして無駄の排除を検討する時、コスト視点や効率
視点だけではなく、付加価値視点や効果視点にも目を向けることが大切
です。無駄の排除と思ってやったことが、付加価値を生む余力の喪失
だった、というような愚かなことをしないために。
相手が見えにくい競争に勝つ
現代は競争社会と言われています。何かをしようとすれば必ず競争が
あるという訳です。商品販売、商品開発、新規事業進出、顧客開拓、
といったことには必ず企業間競争が付いて回ります。
同一企業内でも、売上成績、要員獲得、予算獲得、オーダー獲得などの
競争があります。ビジネスの世界ばかりではなく、個人生活の面でも
競争はあります。受験競争などはその典型です。
同一企業内競争や個人生活での競争では、競争相手が比較的はっきり
していますが、企業間競争では相手が見えにくい場合も多いようです。
相手が見えにくい競争とはどのようなものでしょうか。
もうかなり昔の話ですが、時計メーカーがＩＣ業界に殴り込みをかけ
ました。その他にも、電卓メーカーの電子楽器への進出、オーディオ
メーカーの磁気カメラへの進出、醸造食品メーカーの医薬品への参入、
などがありました。
今でもこのような類の新規参入は色々な分野で起っています。こうした
ことが市場で明らかになるのは、新規参入者の内部で研究開発、技術
開発が相当なレベルまで進んだ段階においてです。
従いまして、新規参入者が研究開発、技術開発を秘密裏に進めている
間は、従来から業界内で活動している先行企業には競争相手とは認識
されにくいのです。しかし、相手が見えにくい競争は早くもこの段階
から起っています。
今や企業はこうした状況下にあっても、自社が事業を行う業界で将来
どのような競争が起こりうるのか、どのような競争相手が表舞台に踊り
出る可能性があるのか、といったことに思考と想像を巡らしながら、
競争戦略を意識して経営を行う必要に迫られています。
「競争相手はリングに上がっている者だけではない。リングサイドで
じっと見つめている者の中にもいるだろう。後方の観客席から鋭い
視線をリング上に注いでいる者の中にもいるだろう」といった認識の
もとに、競争相手を掴みにいくことが求められているのです。
新規参入者同士の競争のことを考えますと、このことは業界の先行者に
だけではなく、新規参入者に対しても言えることです。
上述のようなケースとは違った例として、「有りもしない競争に
怯える」といったことが指摘されることがあります。競争相手が現れ、
自社の事業が厳しいものになるのではないかと妄想することです。
誰が競争相手なのか確たる認識はないのですが、何となく怖れを感じて
いるのです。こうした妄想に捕われて最後の一歩が踏み出せない、
弱気の価格設定で将来に禍根を残す、といったことが起ります。これも
相手が見えにくい競争の一つのパターンでしょう。
このようなケースに突き当たった際に必要なことは、自分のやっている
ことに自信を持つことでしょう。戦う対象は見えない競争相手ではなく
自分自身の弱い心と怠け心でしょう。
競争相手が居るのか居ないのか、居るならそれは誰なのかについて、
自分の知力、体力、情報力の限りを尽くして掴みにかかる必要がある
ということです。怠けずにそれをやろうと動くことです。
相手が見えにくい競争がどのようなパターンであろうとも、それに
勝ちたいと思うのであれば、競争相手は誰なのかを掴みにいくことに、
即ち「相手が見えにくい競争」を「相手が見えている競争」に転換
させることに、最大限の努力を注ぎ込むことが必要なのです。
失敗を恐れるな、の意味を究める
「失敗を恐れるな」という言葉をよく耳にします。この言葉は励まし
とも檄とも受け止めることができます。いずれの形で発せられるにせよ
前向きの良い言葉だと思います。
この言葉が発せられる場面を想定してみましょう。新規事業への進出を
検討しているが画期的な企画案が出てこない、技術開発が必要な案件を
顧客から持ちかけられて技術者たちができない理由ばかりを挙げる、
先進的な改革提案に幹部たちが消極的である、などが思い浮かびます。
こうした場面で、殻に閉じこもっている思考や逃げ腰の姿勢、上位者や
他者の意向ばかりを気にしている精神的スタンス、などを吹き飛ばし、
当事者たちを勇気づけることを狙って、この言葉は発せられます。
そして、狙い通りの効果を生み出すことも多いようです。しかし、この
言葉は誤解されることも多いのです。誤解されますと、諦めや沈滞の
ムードが組織に蔓延し、狙いとはうらはらな結果を招いてしまいます。
この言葉を「やってみなければ判らないこと、できるかどうか判ら
ないことに取組むんだから、うまくいかないことがあったとしても
仕方がないじゃないか」と解釈する人はかなり多いと思います。
この解釈の仕方は正しいように見えます。論理的には正しいといえるの
かもしれません。しかし、こうした解釈の下に、失敗した際の言い訳が
無意識の領域に用意され、その無意識が行動を支配するることになり、
組織は逃げ腰や沈滞のムードの中に浸ってしまうのです。
一見論理的に見える言葉の解釈から、その言葉が狙いとしたこととは
全く逆の現象が発生しているのです。一見論理的に見える言葉の解釈は
「誤解」以外の何物でもなかったのです。
「失敗を恐れずにやってみろ」という言葉が発せられる背景や狙いは
誰にも理解されることでしょう。しかし、失敗とはどういう意味がある
のかについて、理解できる人はそう多くはないでしょう。
「誤解」の原因はそこにあります。この言葉が発せられる背景や狙いに
基づいた「失敗の意味」の理解に基盤を置いて、この言葉を解釈する
ことが「誤解」による背反現象を無くすことにつながると思います。
この言葉が発せられるのは、何か新しいこと、今までとは違ったこと
などをやろうとする時です。新しいこと、今までとは違ったことなどを
やろうとするのは、組織の存続と発展を求めて、変化する環境に適応
した状態を作ろうとするためです。
進化論の言葉で言い換えますと、組織が淘汰されずに繁殖していく
ために、変化する環境に適応できる変異を生み出そうとする時に、
即ち、進化のタネを生み出そうとする時に、この言葉が発せられる、
ということになります。
自然界の生き物においては、変異は常に発生しています。それも数多く
発生しています。多くの変異の中で環境に適応する度合いの高い変異が
繁殖を繰り返して優位な存在となります。一方環境適応度の低い変異は
淘汰されていきます。これが適者生存の原理による進化です。
適者生存の原理は、競争社会の中で生きる組織にも当てはまるのです。
だから、組織は存続と発展のために新しいこと、今までとは違うことを
やろうとするのです。即ち、変異を求めるのです。
環境適応度の高い変異の創成に失敗すれば、その組織は淘汰される
運命を背負うことになります。また、失敗を恐れて変異の創成を避けて
いても、同様に淘汰の運命が待ち受けていることになります。
存続と発展のためには、環境適応度の高い変異の創成に成功することが
不可欠なのです。だから、先の「失敗を恐れずにやってみろ」という
励ましと檄が飛ぶのです。
この言葉の意味は、「失敗してもよい」ということではなく「環境
適応度の高い変異を生み出すためのトライを思いっきりやれ」という
ことなのです。
「思いっきりやったトライ」は、当初の目的である環境適応度の高い
変異を生み出せなかったとしても、適切な方向修正や新しい発想の
ネタを掴むことにつながってくるものです。
そしてそこから、より環境適応の可能性の高い変異を創成する取組みが
始まるのです。ここのところが、逃げ腰の姿勢や言い訳を頭に置いた
スタンスがもたらす結果と異なる点なのです。
環境適応度の高い変異の創成に成功する一つの形態は、同時並行的に
多くの変異の創成に取組み、多くの淘汰される変異の屍という失敗の
上に、数少ない成功を獲得するパターンです。
そしてもう一つの形態は、数少ない変異の創成に取組み、常に成功と
失敗の可能性に目配りをし、小さな失敗から引き出される適切な方向
修正と新しい発想を積み重ねて成功を獲得するパターンです。
いずれの形態でも、失敗の機会を避けることはできません。失敗の
機会を避けるということは、環境適応度の高い変異の創成の機会を
捨てるということになるからです。
失敗を恐れるな、の意味をこのように解釈し、存続と発展のための
進化を思いっきり追究したいものです。
真似をされないための工夫
競争相手から真似をされると、自社の競争力は削がれることになり
ます。製品でも事業そのものでも同じことが言えます。そこで、自社の
競争力を維持し真似をされないために、特許などの知的財産権が活用
されます。最近はビジネスモデル特許によって、事業のやり方にも
特許権が発生しています。
特許などの知的財産権によって自社の権利を守ることは大変重要な
ことですが、それだけで充分だとは言えないようです。自社の競争力を
完璧にするには、周辺特許も含めて数多くの特許を取得しなければなり
ません。
これを怠りますと、その特許で実現しようとしていることを他の方法で
実現する特許逃れの可能性が高くなり、特許によって強化を目論んだ
競争力は力の弱いものとなってしまいます。
周辺特許を網羅した緻密な体系を築くには多大な労力が要求されます。
また、多数の特許を申請し、取得した特許を維持するためには、小さな
企業にとってはかなり負担の大きい費用が必要になります。
維持費用が払えなくなりますと特許権は失われ、誰にでも利用できる
公知の事実となってしまいます。そんなことになれば、特許を申請した
企業は申請費用を支払って自社の技術やノウハウを一般公開しただけ、
といった悲惨な状態に甘んじなければなりません。
こうした理由から、中小企業では意図的に特許を申請しないケースも
少なくありません。特許を申請しないことで自社の技術やノウハウを
ブラックボックスとする作戦です。
特許を申請しないこのようなやり方を採っても、製品を分解したり、
人の口からリークするなどして、技術やノウハウは漏れていくのが通常
です。隠すだけでは自社の競争力を維持することは難しいのです。
競争相手に真似されないようにして自社の競争力を維持するために、
特許権を取得・維持できれば理想的だと言えます。しかし、それが
困難な場合、他に有効な方法を追究しなければなりません。
その一つが競争相手に真似されないための工夫です。どこにその工夫を
盛り込むか、モノや行動を外面的に捉えてもその工夫が見えないように
するにはどうするか、といったことに知識や知恵を総動員するのです。
製造業の製品の例が解りやすいので、それで話を進めます。一つの
切り口は製造方法にあります。例えば次のようなことが考えられます。
・分解や分析をしても判らない製造技術を使う（熱処理、表面処理等）
・特殊な材料を使う
・目に見えない所に技術的な工夫を盛り込む
・分解したら構成要素が変化してしまい、元の状態が掴めなくする
・真似をしようとすると多額の費用がかかるような手を打つ 等々
こうした工夫を実現しますと、競争相手が真似をすることは容易では
ありません。長い期間を要して真似に成功することがあっても、当社が
次のステップへの努力を積み重ねていれば、競争力は維持されることに
なります。
日本の特徴ある製品、グローバル経済の中でも競争力を維持している
製品には、特許権だけではなくこのような工夫が生きているものが多く
あります。
こうした工夫を生み出す力こそが「コア・コンピタンス」であるとも
言えます。こうした力は、一朝一夕で身に付くものではありません。
長い年月を経て、組織の中に根付いていくものなのです。
データの蓄積、知識の創成、技術や知識の熟成と伝承、といった
プロセスを通して、こうした力は組織に根付きます。最近日本でも
目立ってきましたＭ＆Ａは、こうして根付いた力を一瞬の内に手に入れ
ようとするものと言えます。
このようにして生まれる力、コア・コンピタンスは、製造業だけの
ことではありません。流通やサービス業にも、いくらでもある話です。
真似をされないための工夫は、仕入れ方、売り方、サービスの仕方でも
実践され、競争力を維持する力となっています。
真似をされないための工夫は、先端技術開発や戦略的マーケティング
活動に比べますと大変地味な目立たない活動です。しかし、自社の
競争力の維持や収益の確保に貢献する度合いは、極めて大きいのです。
自社の製品やサービス、事業プロセスのどこにどのように、真似をされ
ないための工夫を盛り込むか、真剣に考えてみてもよいテーマだと思う
次第です。
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