| 月刊：考研レビュー既刊分─２００５年６月 |
| ２００５年 ６月号 ４週：好ましいビジネスシーンを描こう |
| ３週：具体的行動を考える、考えさせる |
| ２週：着手は遅く、完成は早く |
| １週：ＭＯＴと経営力 |
| 無料相談コーナー |
好ましいビジネスシーンを描こう
経営戦略や経営計画を考える時、何に注目してどんなことを思い
描いているでしょうか。経営ですから当然のこととして、これまでの
売上高や利益などの業績数値の推移に目がいくことになります。
企業の成長発展を考える訳ですから、これからの市場の推移や自社の
事業の将来性を検討し、将来の業績数値を予測することになります。
こうした作業を経て自社の将来ビジョンが作られていきます。
この作業を進める上で要となる大切なことがあります。どんな情報、
どのような理念と価値観、どのような思考プロセスに基づいて行うか、
ということです。
これまでの業績数値の推移情報は当然必要になります。自社が何年後に
どれだけ稼ぎたいか、どの分野で事業を行って稼ぎたいか、どんな類の
顧客にどんなお役立ちをする事業を行うつもりか、という組織の意志を
明らかにすることも必要になります。
これからの市場がどのように変っていくかというマクロの情報、関係を
維持している顧客がどのように変っていくかというミクロの情報、など
も重要です。
こうした情報には数値情報もあれば定性情報もありますが、基本的には
客観的な情報を重要視し、客観的・論理的に思考を進めてビジョンや
戦略や計画をまとめ上げることになります。
こうした進め方は正道だと思いますが、少し違った視点から方法論を
考えてみようと思います。本誌が唱えるところの「会社を元気に！」と
いう視点からです。
会社を元気にする上で必要なことは、社員が元気になることです。将来
ビジョンや戦略や計画を見て社員が元気になるために必要なことが、
もう一つ有るように思えるのです。
それは、そのビジョンその戦略その計画の中で、自分が活躍している
シーンを社員が思い描けるということです。そういったビジョン・戦略
・計画にするためには、これを作る過程で、社員の一人一人が活躍して
いる好ましいビジネスシーンを描くことが必要だと思うのです。
営業マンは新しいお客さまに何をどのようにアピールしてお客様が
どんな風に喜び満足してくれているのか、研究者はどのようなテーマに
どんな風に意欲を燃やして取組み素晴らしい成果を誇っているのか、
工場現場の人たちは高い品質と短い納期の実現に向けて何にどのように
意欲的に取組んでいるのか、といったことのイメージです。
こうした好ましいシーンを描くことによって、そのシーンを将来の現実
とするために今欠けているものは何か、もっと向上させる必要がある
ことは何か、といったことが明確になります。そして、こうした課題を
解決する道をビジョン・戦略・計画に盛り込むことができる訳です。
こうして生まれたビジョン・戦略・計画は、一般的なものと比べて、
かなり高いレベルで社員の一人一人に、自分が活躍しているシーンを
イメージさせることができるでしょう。
会社を元気にするために、社員の一人一人が元気になるために、計画を
作る時や課題の解決策を考える時には好ましいビジネスシーンを描き、
そこから適切な施策を引き出すという考え方は、かなり有効に使える
手法だと思います。
具体的行動を考える、考えさせる
人間が何かをしようとする時、そこには必ず具体的行動が伴います。
哲学者の思索のようなものは例外と言ってもよいでしょう。哲学者でも
思索の内容を他者に知らせたいと思う時には、文章を書くとか、人を
集めて講演するとか、具体的行動が必要になってきます。
こうした具体的行動の意志が生まれるのは、一般的にはその行動が必要
と感知された現場においてです。即ち、行動の必要性が認識されるのと
行動の意志が生まれるのとが、ほぼリアルタイムなのです。
このようにして人間は日々を生きているといってもよいでしょう。何故
ならば、そういう行動の採り方が人間にとってごく自然だからです。
何の制約も無い場合の人間行動の一般的な形態とはこんなものです。
競争環境の中で生き残ることが課せられているビジネスの世界では、
こうした行動の一般的な形態では不充分だと言えます。現場で必要と
感知されてから行動の意志を表明し、そこから行動を起すようでは
遅過ぎるのです。
目的が明確になり、目標が明示され、目標達成のための計画を立案する
段階で、将来にどのようなことが起り、どのような行動が必要になり、
その行動をどのようにして具体的に実行するか、といったことを予測
或いは当事者の意志として具体化しておくことが求められるのです。
組織内で仕事をする際に、こうした具体的行動に関するコミュニケー
ションが適切であるかどうかが仕事の成果を左右することになります。
しかし、これが意外にも疎かにされていることが多いのです。
経営計画や業務計画を考えてみましょう。そこには必ず数値目標が
並んでいます。それだけで計画書にしているものもあります。行動に
踏み込んでいる計画書の場合でも、「新規顧客の開拓」とか「顧客との
情報交流を密にする」といった行動項目が書かれているくらいのものが
多くを占めます。
この程度の計画ですと、行動項目を実現するための具体的行動は、人間
行動の一般的形態としてしか生まれてきません。行動の当事者が行動
項目を実現するために身を置いた現場で感知するまで、具体的に何を
どのようにするのか、サッパリ分からないのです。
従いまして、この程度の計画書しか提出されていない場合、経営者も
マネジャーも、ヒアリングやレビューの際に目標数値や行動項目を
当事者がきちんとやるかどうかを確認し、約束させるくらいまでしか
できない、と言えるでしょう。
中間報告や中間レビューで実績の可否を確認する場合ですと、すでに
終っている訳ですから、具体的行動を捉えて成功や失敗の原因を追究
することができます。
しかし、残った期間での目標達成の可能性を検討する場合には、先述の
計画書レベル程度の押さえでは、やはり残った数値の達成と行動項目の
実行を約束させるまでで終ってしまうでしょう。
具体的行動の裏付けを欠いた、このような曖昧なコミュニケーション
では、経営者もマネジャーも当事者も、本当にやれるのかどうか心もと
なく、確信も持てないことでしょう。
経営者もマネジャーも当事者も、これで行ける、といった確信を持ち
たいのです。無理であれば、これでは無理だから別の方法を編み出す
必要がある、という具体的認識をしたいのです。
その鍵になるのが具体的行動なのです。例えば「新規顧客の開拓」に
関して、実際に何をどのように実行するかを５Ｗ１Ｈで明確に打ち出す
のです。それを計画書に明示するのです。
中間報告の際には、実績を踏まえて残り期間でやるべきことについて、
５Ｗ１Ｈを明確に提案するのです。その内容が納得のいくものであれば
経営者もマネジャーも当事者も確信が持てます。誰かが疑問を感じる
ものであれば、議論によってより良い行動を検討することもできます。
こうしたことの実践によって仕事の成果はより良いものに高まって
いくはずです。放置していますと人間は、人間行動の一般的形態に取り
込まれてしまいます。
大切なことは、常日頃から「具体的行動を考える、考えさせる」ことを
徹底し、繰り返し実行することにより、これを思考と行動の習慣にして
しまうことです。
着手は遅く、完成は早く
ビジネスに携わる人たちは、常に将来に視点を置いていると言っても
過言ではなさそうです。事後的な事務処理を除けば、ビジネスにおける
仕事の殆どは将来における在りたい状態を目指しているからです。
戦略や予算の策定と実行、研究開発、マーケティング、営業活動、業務
改善、品質向上など、どれを取り上げてみても将来の在りたい状態を
描き、それを実現するための目標達成行動によって成り立っています。
こうした将来を睨んだ活動において重要な位置付けにあるのが、情報と
予測です。広く社内外に情報を求め、集めた情報を分析し、分析結果と
自社のありたい姿を突き合わせて予測を行い、何らかの意志のもとに
総合的に決定し行動する、という活動パターンになるからです。
こうした活動において問題の発生原因となるのは、情報の信頼性への
疑問と予測の不確実性です。情報に信頼性があり、確実な予測手法が
あれば、将来を対象とした活動での問題発生は激減するでしょう。
こうした考え方から言えますことは、情報の信頼性と予測の確実性を
高めるための何らかの方法を採ることができれば、将来対象の活動での
問題発生を減少させることが可能になるだろう、ということです。
その方法は不完全ながら有ると言えるようです。それが本号タイトルの
「着手は遅く、完成は早く」ということなのです。この言葉から容易に
解ることは、「短期間でやる」とか「リードタイムを短くする」と
いったことです。スピードが大切だということなのです。
例えば来年度予算の策定を考えてみましょう。需要予測や活動計画や
売上予測と費用予測の集計に時間が必要だとの理由で、年度末の半年前
から策定作業を始めるとします。
作業開始当初は情報の収集が中心になります。２ヶ月をかけて情報の
収集と分析ができたとします。来年度の当社の活動はこれによって計画
され、これによって予算数値が決定されることになります。
もちろん、途中段階で新たな情報が加えられ、計画の一部が修正される
ことはあるでしょう。しかし、基本的には新年度の活動計画は４〜６ヶ
月前に集められた情報による予測に基づいている訳です。
予算策定作業がスピードアップされ、年度末の３ヶ月前から作業が
始まる場合を考えてみましょう。この場合には、来年度の活動計画は
２〜３ヶ月前に集められた情報による予測に基づいています。
４〜６ヶ月前の情報よりも２〜３ヶ月前の情報のほうが信頼性が高い
ことが多いでしょう。４〜６ヶ月前の情報による予測よりも２〜３ヶ月
前の情報による予測のほうが確実性が高いことが多いでしょう。
これが「着手は遅く、完成は早く」の効果なのです。
別の事例で考えてみます。自動車メーカーの戦略車種の開発の場合
です。Ａ社は新車開発期間に３年を必要とします。一方Ｂ社は２年で
新車開発を行う能力を持っています。
開発に着手する際に戦略車種のコンセプトを打ち出す訳ですが、Ａ社は
市場投入の３年前にコンセプトを作らなければなりません。一方Ｂ社は
投入の２年前にコンセプトを作ればよいのです。
同じ時期に市場投入するとしますと、Ａ社は３年前の情報による予測に
基づいてクルマづくりをし、Ｂ社は２年前の情報による予測に基づいて
クルマづくりをします。市場ニーズにマッチしたクルマを投入できる
可能性が高いのは、Ｂ社のほうであろうことは容易に予想できます。
「着手は遅く、完成は早く」という考え方に基づいてリードタイムの
短縮に取組むことは、生産においても大きな効用を生み出します。生産
リードタイムが長い場合には、短い納期に合わせるために早くから着手
しなければなりませんので、見込み生産が必要になります。
見込み生産をしますと、受注しないうちから生産する訳ですから、売れ
ないことになると製品の不良在庫を抱えたり、利用価値のない部品や
材料の在庫を抱えたりで、利益を圧迫することになります。
一方、生産リードタイムが短縮できている最も望ましい場合には、
受注後に生産を開始するという遅い着手でも短い納期に間に合います
から、無駄な部品や材料を手配せずに済みますし、製品の不良在庫も
発生することがありません。
このように、「着手は遅く、完成は早く」を実現すること、即ち
作業のスピードアップとリードタイムの短縮を実現することは、多くの
メリットをもたらすのです。
生産性向上がこれから目指す方向も、単に低コストでやることだけを
考えるのではなく、こうしたことを視野に入れておくことが求められて
いる、と考えるのが妥当なようです。
念のために申し添えておきますが、本号の主張することは、作業品質を
犠牲にするのでは意味がありません。作業の品質を維持、むしろ向上
することを伴う方法を編み出してこそ、大きな意義があるのだと考えて
います。
ＭＯＴと経営力
ＭＯＴ（技術経営）に関わる活動が盛んに展開されています。技術の
解る経営者と経営の解る技術者を育てようとの主旨で、産業教育を事業
とする企業や大学が履修コースを設けて取組んでいます。
経済産業省もこれを後押ししており、これに取組む横断的な活動を行う
研究プロジェクトも生まれています。ＭＯＴは、マーケティング、経営
管理、知的財産管理などを体系的に学ぶことを通して、技術を事業に
結び付ける素養と知識を持つ人材を養成しようとするものです。
その主旨には大いに意義深いものがあります。筆者も以前に２００４年
５月４週号と同年７月２週号でこのテーマを取り上げました。そして、
最近になって気付いたことは、ＭＯＴ人材を活かし、ＭＯＴに成功する
ために必要な要素がもう１つあるのではないかということです。
それを知らされたのは、松下幸之助翁の「経営心得帳」（ＰＨＰ文庫）
の一文です。以下にに引用します。
──引用開始──
経営力ということ
商売を発展させていく上で、経営力というものが大切であることは、
いまさらいうまでもないと思います。もっとも、経営力が必要なのは、
なにも商売に限ったことではありません。
たとえば、立派な施設を整え、有能な科学者を集めて一つの研究所
をつくったとして、それだけで偉大な研究成果があがるかというと、
必ずしもそういうものでははいと思うのです。
そこに、そうした立派な施設なり、優秀な科学者を生かしていくと
いう研究所の運営、いいかえれば経営力が厳然として存在しなくては
ならないということです。
そうであってはじめて、科学者の人々も働きやすく、自分の能力を
十分に発揮できて、そこにすぐれた研究成果が生まれてくるわけです。
病院などにしても、経営力のたくましいところでは、先生方もいき
いきとして、それぞれの専門分野の治療にあたっているという感じが
します。
経営力の乏しいところでは、いかに立派な人材を得ましても、その
人材が生きてきません。むしろ、その人々に煩悶を与えることに
なってしまいます。ですから、会社でも商店でも、それぞれにふさわ
しい経営力というものがなくてはならないと思います。
そういった経営力は、その主人公といいますか、経営する立場に
ある人がみずからこれをもてば、いちばん望ましいことはもちろん
です。
けれども現実には必ずしもそうでない人もあると思います。その場合、
その会社や商店の経営はうまくいかないかというと必ずしもそうでは
ありません。
というのは、たとえば過去の歴史を見ると、一国の帝王でみずから
高い経営力をもっていた人は、そう多くはいません。けれども、それ
でその国がつぶれたかというと、むしろ経営力のない帝王のもとでも、
隆々と栄えているのです。
それは、帝王自身に経営力がなければ、自分の位はそのままにして、
自分に代わるいわゆる宰相というものを求めて、これに実際の運営を
させたわけです。そうすることによって、一国の経営がおおむね
うまくいったのであり、そうすることが帝王の責任だったと思うの
です。
会社や商店の経営でも、それと同じことで、主人公みずからが
経営力をもたなければ、しかるべき番頭さんをもとめたらいいわけ
です。経営力の大切ささえ忘れなければ、やり方はいくらでもあると
いえましょう。
──引用終了──
ＭＯＴ教育を通して生まれた人材が活躍できるようにするために、
そして、そこから成果を得るためには、こうしたことを付加して考える
ことが必要ではないでしょうか。
幸之助翁の言われる「経営力」とは、現在ＭＯＴ教育のなかで言われて
いる「経営の素養と知識」というものとは別物と受け止められます。
この「経営力」がどのようにして養成されるのかは、明確に体系化され
ている訳ではありません。
いろいろとむずかしい知識も必要なのだろうと思いますが、基本的には
幸之助翁の語るところの「経営力」の大切さを忘れず、「経営力」を
獲得することに力を入れなければ、ＭＯＴの成功はないような気がして
います。
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