| 月刊：考研レビュー既刊分─２０１０年４月 |
| ２０１０年 ４月号 ４週：邪神の誘惑 |
| ３週：突出するための基盤 |
| ２週：「見える化」の実践：考房だより５４ |
| １週：新しい自我観が芽を出しつつある |
邪神の誘惑
ある一つのテーマを徹底して深く掘り下げていくことによって真理や
真実を究めることができます。科学者たち、歴史家たち、哲学者たち、
そして心理学者や経済学者たちの業績は、こうした行動を通して生み
出されたものです。
このような人たちの努力には頭が下がります。その素晴らしい知力と
発想の展開力、集中力と持続力、そして忍耐力は、尊敬の念を呼び起す
だけではなく、感動さえ覚えます。
私を含む大多数の人たちは、偉大な彼らほどの能力を持ち合わせては
いません。しかし、何か事を成す人たちは、深く掘り下げること、忍耐
すること、持続させることに努力していることが感じられます。
私たちのような普通の人間が物事を追究する上でも、徹底して深く掘り
下げていくことは大へん重要な要素であると言うことができます。徹底
する姿勢、努力する姿勢に対して、天が味方をする、神が味方をする、
といったことも言えそうです。
色々な分野で色々な事例を漁ってみますと、天や神が味方をしたとは
思えないような恐ろしい結果を招いているようなものも多々あります。
幾つかの例を上げてみましょう。
核兵器を生み出した物理学、人間感覚からは到底受け容れられない犯罪
を正当化しようとする弁護団の掲げる法の旗、多くの人々や社会を不幸
のどん底に叩き込むシステムを生み出した経済学と数学、人々と社会に
危害と不安をもたらした経営の手法、といったものが浮んできます。
こうしたものは本来的な悪意から生まれたのでしょうか。恐らく違う
でしょう。こうしたことを生み出した当事者たちは、何かを究めようと
一生懸命に努力していたのだと思います。
その努力に対しても、神が味方をしたのだと思います。しかし、残念
ながら味方をした神は邪神だったのです。科学の邪神、法の邪神、
経済学の邪神、経営の邪神、といったものに取り憑かれてしまった結果
だったと言えそうです。
原子核の理論を研究しているうちに、瞬時にして莫大なエネルギーを
発生させることができるという予測が湧いてきた時、科学者がそれを
実験的に確かめてみたいと思うのは当り前のことかもしれません。
そこで、「何としても実験してみたい」と思うか、「そんなことを
したら人間存在にとって大変なことになるぞ」と思うかが大きな別れ道
になります。
せまい孔の中で深掘りしており、小さな視野しか持てない場合には、
実験に踏切ってしまうのでしょう。しかし、せまい学問分野を超えて
思想的にも哲学的にも広い視野を持っている場合には、踏み止まって
恐ろしい実験を回避し、別の方法を考えることになるでしょう。
即ち、せまい孔の中で小さな視野しか持てない場合に、邪神の誘惑が
現実となってしまうのです。
法の理論を徹底してみたいとか、経済学と数学の組合せから生まれた
先端的手法を使ってみたいとか、利益を最大化するための経営を徹底
してみたいとか思う時も、小さな視野しか持てないと邪神に取り憑かれ
ることになってしまうのです。
邪神の誘惑は身の周りの至る所にあります。効率化の邪神、改善活動
の邪神、人事の邪神、理論や正道貫徹の邪神、等々、更に色々と上げる
ことができます。私たちは邪神の誘惑が横行する中で仕事をし、生きて
いるといっても過言ではないかもしれません。
徹底した姿勢や努力は大切なことです。それに対しては、天や神が
味方をします。そして、物事は成し遂げられます。しかし、徹底した
姿勢でもって努力する際に、しっかりと心に留めておくべきことがあり
ます。
それは、邪神の誘惑を断ち切るだけの広い視野を持つことです。これを
忘れたために身を滅ぼすことのないようにしなければなりません。
社会や人類に、そして周囲の人たちに危害や弊害をもたらさないように
しなければなりません。
邪神の誘惑が身近にあることを常に意識し、これに取り憑かれない
ように、広い視野を持つことを常に心掛けていたいと思います。
突出するための基盤
「出る杭は打たれる」という言葉があります。日本の社会の特性の
一部を表現している言葉です。企業でも団体でも、地域社会でも親睦の
ための集りでも、この言葉は当てはまるようです。
ところが今の時代には、イノベーションが求められています。こうした
特性を持つ日本の社会においても、イノベーションを起こさなければ
経済活動が低迷し、国民生活をあるレベル以上に維持することが困難に
なります。
そして、イノベーションのために必要なものは、「出る杭」なのです。
即ち、突出する人たち、突出する組織、突出する地域、といった突出が
現れてこなければイノベーションは起こりえないのです。
ベンチャーが次々に生まれるシリコンバレーのような風土が当り前の
アメリカとは違い、「出る杭は打たれる」ことが当り前とも言える日本
では、どのようにして突出が生まれるのか、調べてみました。
太田肇氏が「承認欲求」という本を出しています。その本の中で説明
されている内容が、“なるほど”と頷けるものでしたので、これを紹介
することにします。私の感覚を通した解釈ですので、若干偏っている
かもしれませんが、それはご容赦願うことにします。
日本人の多くは、他人からの承認を求める欲求、即ち承認欲求に動機
付けられて働いていると言えます。そして、その承認には「表の承認」
と「裏の承認」との二つがあります。
「表の承認」とは、優れた能力や業績をたたえる、個性を尊重する、
といった類の承認です。「裏の承認」とは、規律や序列を守ることを
重視する、奥ゆかしさや陰徳を尊ぶ、和をもって尊しとなす、といった
類の承認です。
日本社会では、表の承認よりも裏の承認を重視する傾向が強く、それ
ゆえに「謙譲の美徳」が賞賛されたり、「出る杭は打たれる」という
現象が発生しやすいのです。
こうした日本社会では、回りに比べて少し突出したりすると周囲から
叩かれ、足を引張られることが多いと言えます。その一方で、いったん
認められると意外と簡単に突出できるという現実もあります。突出が
生まれる基盤は、こんなところに見い出すことができそうです。
保守的であると言われる農村では、農作業や地域の維持のために
相互の協力や助け合いが不可欠でした。そこで、和を重んじ、「出る
杭を打つ」風土が生まれ、定着したのです。
ところが、かつての総理大臣や大物政治家の大半は農村出身であり、
農村出身で成功した実業家や高級官僚も少なくなかったのです。その
あたりに、突出の基盤を探ることができます。
保守的な農村では、集団の内側では互いに牽制し合うが、集団の外側
には無関心という傾向が強いようです。集団の中に異分子がいると、
自分たちの安定を乱すものとして、「出る杭を打つ」のです。
突出する力が弱い者は容易に打たれてしまうのですが、強い突出力を
持つ者に対しては「打つ」ことに苦労がありますし、場合によっては
危険を伴います。
こうした理由から、突出力の強い者は別格扱いとされ、「仲間内」とは
みなされなくなります。仲間内ではなく集団の外側にいると見られる
者に対しては、もはや「打つ」必要はなくなります。
こうして、突出力の強い者はいくらでも突出できる「杭」となり、
努力が報われて一定の線を越えますと、出身母体である集団が、自分
たちの誇りとして応援するという追風が吹き始めるのです。
もう一つの発見は、やはり保守的と言われる京都にあります。
京都の老舗では、丁稚奉公をした人たちが独立する時、世話になった
主家とは違う商品を扱うという慣行があるようです。
このような慣行で固められた保守的・閉鎖的な社会で芽をだそうと
しますと、新しい領域を切り開く必要に迫られます。そうした環境の下
では、進取の気質が求められます。
こうした進取の気質と志を持つ人たちが切り開く領域は、既存の商売の
領域を脅かすものではありませんから、集団の外側には無関心な人たち
から妨害が入ったり叩かれたりすることなく、成功の道をたどります。
これは、突出する者にとっては格好の環境だといえるでしょう。京都に
ベンチャー企業が生まれ、成長していく理由はこんなところにあると
言えそうです。
日本社会の底流にあるものを農村や京都に探り、そこから見い出した
突出するための基盤とは、こういったものなのです。そして、この基盤
の上で突出を認められるための戦略として、次のことが上げられます。
・大儀を掲げ、無私を装う
・周囲の人たちの利益にかなう行動を取る
・横や斜に手を差しのべてくれる人がいる
・既存の人格的秩序を崩さない
・他人と競合しないところに活路を見い出す
裏の承認を重視する日本社会でも、以上のようなかたちで突出して、
表の承認を獲得することができるのです。今の時代に求められている
イノベーションを起すことに、こうした考え方を活用することも効果的
であろうと思います。
「見える化」の実践：考房だより５４
「見える化」という言葉は、早稲田大学教授でローランド・ベルガー
会長でもある遠藤功氏が、２００５年に出した著書にこのタイトルを
採用してから広く知られることとなりました。
この言葉には何となく解るようなイメージがあるため、人それぞれに
多様な理解の仕方があり、同じ言葉を使っているにも拘わらず考えて
いることが違うということがよく起こるようです。
今回は、こうした特性を持つ「見える化」について談論を行いました。
参加者各人が「見える化」とはどのようなことと捉えているかを表明
することから始まりました。
・従来なら言葉によって検討したことを、絵や図式にして検討する、
というようなイメージを持っている。思考の内容やプロセスを整理
したり、次の思考展開を促したりする上で有効であり重要なことだ。
・皆にオープンにして情報共有を実現することだ。現実にそういった
要求が高まってきており、それに応える方法の一つだ。
・製造工程の中で、見えないノウハウとして受け継がれてきたことを
文書化するようになってきた。こういったことを「見える化」と
呼ぶことができる。
・従来ならば大声で行われていた口論が、情報化社会になってからは
メールで行われたりしている。また、金銭の決済なども電子化されて
いる。こうしたことは第三者には見えなくなっている。これはこれで
見えなくてもよいのかもしれない。「見える化」の最終目的とは一体
何だろうか。
・「見える化」という言葉一つで片付けることは困難だ。トヨタの
「あんどん」も、個人退蔵情報の供出と電子化も、営業成績グラフの
貼り出しも、みんな「見える化」だと言える。しかし、その目的や
狙いが違っている。
また、普段の行動の中で目に飛び込んでくる「見える化」もあれば、
わざわざ見に行く行動を取れば見ることができるという「見える化」
もある。この２つは全く違うものだ。
・営業成績グラフの張り出しの類は、差別やパワハラと解釈されて労働
基準局の指導対象になった例もある。誰に対して「見える化」を行う
かが問題であり、重要である。何でもかんでも「見える化」するのが
正解とは言えない。
・情報の共有、公開、伝達といったことが「見える化」の中軸となって
いるのではないか。
・暗黙知を形式知に変換することも「見える化」の重要な機能だろう。
最近はマニュアルや作業標準のＶＴＲ化やＤＶＤ化が進んでいる。
実際にこれはきわめて有効だ。「見える化」効果のトップクラスでは
ないか。これを作成するためのアプリケーションソフトもある。
・思考を深めるための「見える化」、問題発見のための「見える化」、
解決策を探るための「見える化」も重要であり、実効も出ている。
伝統的な手法に品質管理の７つ道具があるが、これらは上記のような
「見える化」を実践する上で大きな力になる。他にも、ツリーの
手法で問題を体系化・構造化するなど、色々ある
・「見える化」を上手にやるためには、頭の中にあるものをうまく吐き
出すことが重要だろう。例えば、書いてみる、絵にしてみる、という
ようなことだ。最近はトゥイッターのようなネットのツールもある。
要は、頭の中だけで右往左往したりしないことだ。
・「見える化」も実行する段階になれば、戦略的思考が要りそうだ。
誰に、何を、何のために、といったことに考えを巡らすのだ。これが
明確になってこそ効果的な「見える化」が実現するのだろう。
・開発計画のように未知未踏の領域を扱うものには、「見える化」は
重要だろう。このような領域では、自分に対する「見える化」が必要
であると同時に、組織の幹部に対する「見える化」も必要だからだ。
・営業活動なども、案件ごとに行動内容とその結果を要領良くまとめ、
対比形式で時間軸チャートの上に表示することで「見える化」ができ
るのではないか。
恐らく従来でも、上司と部下との間でのレビューや打ち合わせで、
話し言葉の上では実践されていたと思われる。これをチャートにして
「見える化」すれば、上司の部下に対するレビューや指導がやり易く
なるだろう。
・今回のような談論や意見交換でも、「見える化」は効果的だ。Ｇ氏の
ホワイトボードへの図示などはたいへん解りやすい。
誰に、何を、何のために、を頭において「見える化」の有効活用を
したいものだ。
以上のような内容でした。この中に、皆様の周辺でお役に立つものが
あるようでしたら幸いに思います。
新しい自我観が芽を出しつつある
現代の時代精神の主流となってきたのは、いわゆる「西欧近代主義」
とでも呼べるものでした。そして今もその状態は続いています。
西欧近代主義を一言で説明するのは困難ですので、近代から現代に至る
過程に現れたことを大雑把にたどってみます。
西欧近代主義はルネッサンスの頃に芽生えました。ルネッサンスは、
それまでの宗教的色彩の強い社会から脱皮し、近代社会に向かう胎動
でした。即ち、宗教の制約を抜け出そうとする文化人や芸術家たちの
活動を通して、人々の自我観が変り始めたのです。
そんな流れの中で、政治的には多くの革命が起こり、経済的には土地に
制約されることのない産業が興り、文化的には理性に軸足を置く思想が
展開されてきました。そして、現代につながる最大の契機、科学上の
発見や産業革命がもたらされたのです。
こうした流れの中で生まれ、現代に至るまで一貫して支配的であった
時代精神を「西欧近代主義」と呼ぶことができます。その根幹にある
考え方やものの見方は、理性的、合理的、論理的、分析的、科学的、
といった言葉で代表されます。
そして当然のことですが、この時代精神の背後には、社会的かつ歴史的
影響力の強い大思想がありました。フランシス・ベーコン、デカルト、
ジョン・ロック、といった人たちの思想です。いずれも１６世紀から
１７世紀にかけて活躍した哲学者です。
ベーコンは経験論の立場から、帰納法によって思考し判断すること、
及びそれによる経験的科学を提唱しました。
デカルトは「近世哲学の父」と呼ばれ、思考する理性をもとにして
演繹的に知識を組み立てていく合理主義への道を開きました。
ロックは「経験論哲学の祖」と呼ばれ、全ての知識は観念の複合であり
観念は経験によって白紙の心に書き込まれる、という認識論を展開
しました。
そして、これらの思想に共通していることは、次のようなことでした。
・学問や知識の究極の目的は、自然に対する人間の支配力を増大させる
ことにあり、そのために物事の真の原因を明らかにする必要がある。
こうした西欧近代主義の根底にある自我観を、端的に表現している
有名な言葉が在ります。デカルトによる次の一言です。
「我思う、故に我あり（コギト・エルゴ・スム）」
１６世紀から現代に至るまで、私たちはこの一言を、暗黙のうちに
自己の思考と行動の基準にしてきたのでしょう。そして、その結果
として、いま現在の世界があるという訳です。
この「我思う、・・」を奉じて、私たちはどのようなものを創造して
きたのでしょうか。そして、いま現在の世界はどのような状態になって
いるのでしょうか。説明する必要もないことでしょうが、幾つか上げて
みます。
・自由、平等を標榜する社会が実現した
・個人の個性や人権が重視される社会になった
・科学の発展と技術の進歩があり、かつてないほど人々は豊かになった
・人間の自己中心的な活動によって地球環境が危うくなっている
・財や利益の追求に狂奔する人々が増え、不安定な社会になっている
・金銭的富裕層への憧ればかりが強くなり、文化的に裕福になることや
精神的に裕福になることに価値を感じる人々が少なくなった
というようなことが浮んできます。
西欧近代主義の自我観はこの４００年ほどの間に、歴史上類を見ない
ほどの素晴らしいことを私たちにもたらしました。その一方では、
このまま進めば私たちの生存環境が危うくなりそうだ、という状態を
生み出しています。そろそろ、新しい自我観を求めて考動すべき時に
至った、と言ってもよいでしょう。
新しい自我観とは、人と人とのコミュニケーションの質を高める
ものだろうと思われます。そして同時に、地球上にある万物の存在に
価値を認めるものだろうと思われます。
自分が考え、思うことに自己の存在基盤があるということから、さらに
一歩前進する必要があると思うのです。いまの時代、自分一人だけで
孤高に生きることは不可能です。周囲の万物の存在を破壊しながら
生きることも不可能です。
・学問や知識の究極の目的は、自然や周囲の人々と共存共生しあう
人間の能力を増大させることにあり、そのために物事の真の在り方を
明らかにする必要がある。
という考え方が必要だと思うのです。
周囲の人々との間で相互に感じ合うことが、生きる上で不可欠になる
だろうと思います。周囲の万物の存在意義を感じ取り、自己の存在を
感じてもらうことが、生きる力をもたらしてくれるだろうと思います。
「我思う、故に我あり」に一言加えて、次の言葉を提言します。
「我交感す、そして思う、故に我あり」
人と人との間で感じ合う。人と万物との間で感じ合う。そこにこそ
自己の存在の根源があるのだ、という自我観がこれから必要になる
だろうと思っています。
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