| 月刊：考研レビュー既刊分─２０１０年５月 |
| ２０１０年 ５月号 ４週：創造的破壊が全産業に及ぶ状況 |
| ３週：設備やインフラを使うためのスキル |
| ２週：新しい領域に踏み出すには：考房だより５５ |
| １週：現場力と戦略力を結ぶ |
創造的破壊が全産業に及ぶ状況
創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュムペーターによって
唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって
駆逐されていくことを通して経済発展するという考え方です。この新陳
代謝のプロセスをこう呼びました。
産業界には多様な分野と領域があり、激しく変化している産業がある
一方、長期間にわたって小さな変化しか現れていない産業もあります。
また、速いペースで成長している産業もあれば、成長カーブが緩い産業
もあり、衰退している産業もあります。
こうした状況にある中で、全ての産業に強い影響を与えていると受け
止められるものがあります。それは、情報通信に関わる技術の発展と
インフラの普及です。
今の時代、パソコン、情報処理システム、携帯電話、高速通信網、
インターネット、等々と全く縁がなく、こうしたものを使わずに事業を
行っている企業は皆無でしょう。即ち、情報通信に全く関わりなしに
存在することができる産業はあり得ないのです。
それゆえに、情報通信産業の動向が全ての産業に強い影響を与えること
になるのです。情報通信産業にイノベーションが起これば、他の産業
にもイノベーションが波及する可能性はきわめて高いのです。
工業化社会という環境の下で、製造業を軸として発展してきた産業界
にとって、情報通信産業の発展スピードは劇的なものと映っています。
そのスピードがどの程度のものかを、ムーアの法則が示しています。
ムーアの法則とは、ゴードン・ムーア博士が１９６５年に経験則として
提唱したもので、「半導体の集積密度は１８〜２４ヶ月で倍増する」と
いうものです。
現時点では、実際の集積密度の向上ペースはこれより鈍化しているよう
ですが、性能向上という視点で捉えますと、この経験則は現在でも成立
していると考えられます。
微細化技術の向上により半導体の集積が原子レベルという微細化の限界
に近付いていきますと、集積密度の向上ペースは鈍化していきます。
その先に見えているのは、いずれはこの経験則の成立は終焉するという
ことです。しかし、それまでには未だ１０〜２０年はかかるだろうと
言われています。
ムーアの法則の作用によって、１９６０年代から今日までの間に、
計算能力の価格は１億分の１にまで下がりました。これは、以前には
１００億円かかっていた情報処理や情報生産が、たった１００円で
できることを意味します。
以前は、高価な情報機器を備え多くの情報技術者や作業者を抱えた組織
や工場で、情報処理や情報生産をしていましたが、現在では技術者や
作業者が安価になった機器や装置を持って処理や生産をするほうが
効率的です。そして、現実はそうなっています。
現に、メインフレーム（大型汎用機）が主流であった時代には、稀少で
高価な計算機を使うために、ユーザーはコンピュータの利用時間を獲得
するために並んで待ったのですが、パソコンが主流の時代になりますと
ユーザーは稀少な時間を効率的に使うために、各人がコンピュータを
所有するようになりました。
これからもムーアの法則が作用し続けますと１０年後には、情報処理
や情報生産のコストは現在の１００分の１になります。それはきわめて
重大なことを意味しています。
これによって、情報処理や情報生産を業とするグーグルのような企業の
コストは、何もしなくても３年で４分の１というペースで下がる可能性
があるのです。
いま情報処理や情報生産に投入されている経営資源は、その９９％が
過剰になる可能性があるのです。
こうしたことが現実に起こる可能性があるということは、情報通信
産業の動向に強い影響を受ける全ての産業が、現状のままで推移する
とは考えがたい、ということになります。
即ち、全ての産業に創造的破壊がもたらされるということにつながるの
です。もう既に、創造的破壊らしき兆候が見える産業もあるでしょう。
今はこうした状況にあることを念頭に置くことが重要だと言えます。
事業の将来展開を考える時、戦略を構想する時、情報通信産業に起る
創造的破壊が全産業に及ぶ状況が生まれていることを、強く意識して
おきたいものです。
設備やインフラを使うためのスキル
技術の重要性は多くの人たちが認めるところです。イノベーションと
言えば、まず第一に思い浮かべるのは技術開発だ、という人は多数派
だろうと思います。
製造業や、設備や装置を扱うサービス業などでは、技術を重要な経営
資源と位置付け、技術が会社の存続と発展の鍵であると認識している
ケースが多いと断言できます。
技術に対するこのような受け止め方は、これからも変ることはないと
思いますが、これとは一味違った傾向が２１世紀に入ってから見られる
ようになりました。それは、設備やインフラを使うためのスキルの
重要性です。
ＩＴ（情報技術）や情報通信産業が発展し、情報インフラが整備され
多くの人々も組織も情報設備やインフラを利用する機会が増えました。
むしろ、これが無ければ生活や事業活動が成り立たないと言うのが実態
かもしれません。
また、ＩＴや情報インフラを基盤にした便利なサービスや装置や設備が
次々に世に出てきます。そして、こうしたものをうまく使えるか否かが
個人にとっても組織にとっても、成功を左右することになります。
こうしたものを使うのは、ＩＴの専門家ではなく普通の人たちです。
彼らは技術を持っている訳ではありません。彼らに必要とされるのは、
こうしたものを使うためのスキルだということなのです。
こうしたことを別の切り口から見てみましょう。インターネットと
いうインフラの下で多くのソーシャルメディアが登場しています。
ＳＮＳ、ブログ、ユーチューブ、トゥイッターといったものです。
こうしたものに人々が群がり、情報発信をしています。
衣食住といった人間の基本ニーズが満たされたように感じられる今、
人間は自分を表現したいとの欲求を高めつつあるのでしょう。その
欲求の高まりとインターネットを基盤にした表現ツールの出現とが呼応
するかのように、人々の心の中にあったクリエイティビティを覚醒させ
ているのです。
自分自身を表現し、マスコミを介さずに世界中に発信できる道具が
現れたことが、ジャーナリズムに影響を及ぼさない訳がありません。
上記のようなソーシャルメディアを介して発信されるアマチュアの
取材・表現・文章は、未だジャーナリズムと呼べるような代物ではない
かもしれません。マスコミ関係者のプロが発信する情報のほうが、未だ
質的にも量的にも上回っていると言えるからです。
このような差を生んでいるのは、文章という表現手段やメディアを使い
こなすスキルの差だと言えます。そのスキルの差も急激に縮まりつつ
あります。量的レベルでアマチュアがプロを圧倒するようになるのは、
そう遠いことではないようです。
これもまた、設備や道具やインフラを使うためのスキルの重要性を
示していると受け止められます。
過去に遡ってみますと、情報通信分野以外でも同じようなことが
起こっていたと解釈することができます。それは次のようなことです。
かつて、貴族や武士は農民で構成された軍隊をばかにしていました。
確かに、個々人の武術というスキルのレベルでは、武士のほうが農民を
上回っていました。しかし、西南戦争では農民などで構成する官軍が
士族で構成する薩摩軍を征圧したのです。
この事実は、全体戦となれば最新の武器を駆使した一般人の集団の
ほうが強かったことを示しています。こうした傾向は、兵器が進歩する
につれてさらに顕著になっていきました。
現代の戦争では、最も重要なのは兵器の能力であり、兵士一人一人の
武術の腕前や戦闘能力などはあまり意味がなくなっています。将兵に
とって重要なことは、能力の高い兵器を使うためのスキルを身に付ける
ことなのです。
技術だけではなく、使うためのスキルの重要性について、いくつかの
事例を上げて説明してきました。これからの世の中、技術の重要性と
ともに、使うためのスキルの重要性にも注目する必要があります。
将来展開を構想する際に、技術とともにスキルも、という考え方を持つ
ことが大切だろうと思います。
新しい領域に踏み出すには：考房だより５５
押さえどころを明確にするのが困難なテーマでしたので、放談でも
構わないことを前提にして意見交換を始めました。但し、次のような
切り口を用意し、どの切り口からでもＯＫということにしました。
＊新しい領域に踏み出すとはどういうことか
＊新しい領域に踏み出すことが起こる理由や背景
＊新しい領域に踏み出すことの具体的ケースやパターン
＊新しい領域に踏み出すための資質や要件
＊踏み出す領域をどのようにして探し、どのようにして見いだすか
＊踏み出す領域や方向が見えてきたら、先ず何をするのがよいか
＊領域や方向が決まり決意ができたら、それに続く行動は何か
・創業支援やキャリアコンサルの仕事をしている中で思うことは、
新しい領域に踏み出すとは、自分がこれまで歩いてきた道を変えると
いうことだ。だから、決意があり意思決定ができているかどうかが
必須であり、目指すゴールイメージが要る。
・ある自治体主催の起業塾の指導講師を務めたことがあるが、そこで
最初に行ったのは、起業するための要件チェックだった。資質という
言葉は天性のものと捉えられやすいが、要件と言えば努力して獲得
できると受け止めることができる。新しいことに踏み出すために獲得
しなければならない要件というものがあると思う。
・某大手企業の子会社に転出した技術者がその経営を担うことになり、
経理や簿記の勉強を始めたという例がある。これは新しいことに踏み
出す一つのパターンだろう。この技術者は踏み出すための要件を経理
や簿記の知識と認識し、その獲得に動いたと言える。
・脱サラは新領域に踏み出す一つのパターンだ。しかし、サラリーマン
時代と同じ業界で活動することが多い。このように、自分の活動内容
としては新領域だが、事業内容としては従来通りというものもある。
・ヤマト運輸やリクルートなどは、新しい着眼で新しい領域に踏み出し
これを開拓したと言えそうだ。
・リクルートはイノベーションを旨とする会社のようだ。新入社員は
入社時に、退社することを前提としたような話をされる、と聞いた
記憶がある。つまり、何年か経ったら自分で新領域を見つけ、それを
持って独立することを促されるというのだ。いきなりこんな話を耳に
する新入社員はどんなことを感じるのだろうか。
・現状に満足できないから新しい領域に踏み出すということもあれば、
企業内で社命により新しい領域に踏み出すということもある。また、
善かれと思って何かを言い出した時、言い出しっぺとしてそれを背負
わされ、新しい領域に踏み出すこともある。
・外洋ヨットで洋上体験をする中で、人間が生き残っていくためには
食料とエネルギーが２大要素だと気付き、自分にとっての新しい
領域に踏み込んだ、というのが自分の現在の姿だ。
・新領域に踏み出す切っ掛けは、転機に遭遇することにあるのだろう。
転機には自分で意図したものもあれば、外から来るものもある。
転機を乗り越えると新しい道が見えるが、これに潰されるとニートの
ようになってしまうのかもしれない。
・現状の中で転機に遭遇し、新領域に踏み出せるか否かを決めるものは
何だろうか。
＊生き方の改善や進歩に意欲を持っているかどうか
＊踏み出すという意識を持っているかどうか
踏み出すという意識を持っている人は窓際に追いやられても、
何かをする。窓際族に陥る人が踏み出せない理由は、資質、
組織風土、自己実現への欲求度の低さ、諦め、できないという
思い込み、といったことだろう。
＊人となり、考え方、行動パターン、といったものが周囲の人たちに
知ってもらえているかどうか
＊枠を外した行動ができるかどうか
＊興味のあることを追い続けることができるかどうか
＊常に考えていることができるかどうか
考えさせられていると言うほうが当っているかもしれない。
＊勇気があるかどうか
勇気は踏み出すためには不可欠だ。
・甘やかされ慣れた人は踏み出すことはできないだろう。
・生死の境に身を置いて、自分は生かされているとの感覚を持った人は
踏み出す勇気、意識、エネルギーを持つことができたのだろう。
・それは、生きていくとはどういうことかを、無意識の中に刷り込む
ことができた人は踏み出せる、と言い換えてもよさそうだ。
・何百年も続く老舗は何百年間も変っていないように見えるが、実は
そうではない。詳細に調べてみると、その商売を成り立たせるために
裏側で改革や革新を何百年にわたって繰り返していることがわかる。
老舗は、新しい領域に踏み出すことの積み重ねによって老舗として
存続している。
以上のような内容でした。この中に、皆様の身の周りでお役に立つ
ものがあるようでしたら幸いに思います。
現場力と戦略力を結ぶ
ジム・コリンズが自著「ビジョナリー・カンパニー」の中で、次の
ようなことを述べていることは、以前にも何回か紹介しました。即ち、
一つの製品が如何に革新的であとうと、一人のリーダーが如何に
創造的かつビジョンに満ちていようと、生産性が高く常に進歩を
しようとする意欲を持つ組織の力のほうが、企業が長く存続する
ことに貢献できるのである。
というものです。
この一文の内容は、リチャード・Ｋ・レスター／マサチューセッツ工科
大学教授の自著「The Productive Edge」の中でも紹介されました。
ジム・コリンズは、５０年を越えて繁栄する企業の特性を追究したのに
対し、リチャード・Ｋ・レスターは、低迷するアメリカ経済の復活への
提言書「Made in America 」を取りまとめ、以降１０年間にわたって
復活と繁栄を目指したアメリカ産業界の行動を研究しました。
５０年超という長期的視点からも、１０年という中期的視点からも、
企業が存続し、発展する要因として結論付けられたことは同じでした。
９０年代の日本の産業界の低迷に関して、東京大学の藤本隆宏教授が
講演で、次の様な意味のことに言及されていたように記憶しています。
この時代にも、現場に競争力はあった。問題は、この競争力を業績に
結び付ける戦略力、即ち、現場発の戦略論が無かったことだ。
このような文章から感じることは、企業の存続と発展、組織の特性、
現場力、戦略力、といったものを、どのように関係付けて捉えるのが
よいのかということです。そして、それをどのようにして具体的な行動
に結び付けるのかということです。
あまりにも大きな問題なので、ここでは少々単純化して考えてみたいと
思います。そこで浮び上がったのが、表題の言葉です。現場力と戦略力
とを結び付けることを考えてみようと思います。
持続的な好業績の実現は、経営トップや経営企画部門が打ち出す戦略
に依存するものと見られがちですが、現実の企業の実態から見えてくる
実像はやや違うようです。即ち、こうしたことは現場起点で企画された
施策の積み重ねによる改善・改革によるところが大きいようなのです。
経営の視点や戦略的思考を持つことは重要なことですが、それを日々の
業務の中から生まれる現場起点の改善・改革の実行に活かすことが求め
られるのです。
持続的な好業績を実現するための条件は、次のように整理されます。
・買ってもらえる商品やサービスを持つ
・生産性の高いプロセスと利益を生む仕組みを持つ
・事業の成功パターンを再生産していく組織を持つ
一つの例として、昇竜であった時代のトヨタの例で解釈してみます。
「優れた品質と信頼性」、「カンバン方式に代表されるトヨタ生産シス
テム」、「業績に満足することなく、さらなる高みを目指して挑戦する
組織風土と体質」といったことが上記に当てはまるでしょう。
こうしたことを現場力だけで実現することは無理でしょう。それを
示しているのが次のような事例です。
ある日用品メーカーは、毎年発売する新商品の数の急増に悩んでいま
した。１商品当りの売上げは小さくなり、発売から生産停止までの期間
も短くなっていました。この状況を改善するために調査を行った結果、
次のようなことが判明しました。
商品開発部の担当者は、自分の担当商品を営業部にアピールするために
新商品を次々に開発していたのです。その結果、営業部では、あふれる
新商品の全部に対して提案型の営業活動を行うことが困難になり、
バイヤーに選択してもらうような状態になりました。
また、生産現場では、過度の多品種対応のために、生産ラインの切替え
コストなどがかさみ、粗利益に悪影響を与える結果となっていました。
商品開発部も、営業部も、生産現場も、自分たちの持つ現場力を駆使
して追求したものは、いわゆる部分最適でした。その結果が経営資源の
無駄遣いと言ってもよい、こうした状態を招いたのです。
この日用品メーカーに必要だったのは、全体をつなぐための基本戦略、
或いは事業展開方針、といったものだったと言えます。それを現場に
きちんと浸透させることができれば、商品開発部の暴走に近い行為は
押さえられ、３つの部門の現場力が活きたものとなったでしょう。
今度は逆の視点から見た事例を紹介します。戦略を打ち出したものの
それが現場の具体的行動に結び付かなかった事例です。戦略力だけで
持続的な好業績を実現することにも無理があることを示しています。
ある食品メーカーは、自社の高収益カテゴリーの商品が量販チェーン
でのシェアが低いことを探り当て、このシェアを伸ばすことを戦略上の
重要課題とし、全社戦略として打ち出しました。
そして、全国の支店にかなり以前に導入した顧客セグメンテーションの
手法を活用して、この戦略課題に取り組めば成果が上がると経営幹部も
本社経営企画部も考えていました。
ところが、なかなか成果が見えてこなかったのです。不審に思った経営
企画部は、全国的に営業活動の実態調査に乗り出しました。調査で判明
したのは次のようなことでした。
・顧客セグメンテーションという概念は浸透していたが、実際の営業
活動に活かしているとは言いがたい状態だった。
・目標はカテゴリー別ではなく、顧客の全体売上げで設定されていた。
・数値目標を達成することが支配的な雰囲気だったため、戦略課題より
も直近の自社売上げが重視され、これに基づいて顧客の優先順位が
決められていた。
・顧客のポテンシャルを考えるよりも、既存の関係の強い顧客に対して
営業マンの意識が集中し、成長に向けた開拓営業がなおざりになって
いた。
以上に示しますように、現場では、全社戦略とは裏腹な取り組みが
行われていたことが判明したのです。これでは本社が意図したような
成果が上がるはずがありません。
全社戦略が現場で理解されないこと、骨抜きにされること、似て非
なるものに変換されてしまうことなどは、当り前のように起こります。
この食品メーカーに必要だったのは、現場の特性に合わせて、戦略の
具体像をそれぞれの現場が描けるようにすることだったのです。
即ち、現場でのプロセスや意思決定の仕組み、評価や報酬制度、という
ようなところにまで踏み込んで、戦略を具体化することへの支援を、
経営企画部が行う必要があったのです。
この二つの事例が示していることは、表題の言葉、即ち、現場力と
戦略力を結ぶ、ということが如何に重要か、ということです。まさに、
藤本教授が言及されていた課題に対する解決の方向性を示していると
言えます。
そして、現場力と戦略力を結ぶ努力が１回だけで終らずに繰り返される
組織こそが、持続的改善・改革が行われる組織ということになるので
しょう。
こうした組織は、ジム・コリンズやリチャード・Ｋ・レスターの称える
「生産性が高く常に進歩をしようとする意欲を持つ組織」の一つの形を
示していると言ってもよいでしょう。
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