| 月刊：考研レビュー既刊分─２０１０年７月 |
| ２０１０年 ７月号 ４週：トレードオフの裏を覗きにいく |
| ３週：標準と改善・改革のジレンマ |
| ２週：農業はどうなっていくか：考房だより５７ |
| １週：生産：ラインからネットワークへ |
トレードオフの裏を覗きにいく
トレードオフとは、簡単に言ってしまえば「あちら立てればこちらが
立たず」とか「孝ならんと欲すれば忠ならず、忠ならんと欲すれば孝
ならず」といったような関係にある状態を言います。
このような表現をしますと、一方のみが１００％満たされて他方には
全く何もない、というような関係として捉えられやすいのですが、世の
中に見られる多くのトレードオフの現象はそうではありません。
一方を重要視すればもう片方を軽く扱うことが避けられない、両方とも
重要視することは困難だ、その重み付けや重心の置き方をどのように
すればよいかに悩んでしまう、といったようなものが多いようです。
身近な例を上げてみましょう。時間の使い方などはその典型です。
読みたい小説があったので、早速明日買いにいくつもりでいました。
そんな時に新聞広告で、あるビジネス書が目に止まりました。自分の
仕事に今すぐにも役に立ちそうな内容なのです。
小説もすぐ読みたいし、仕事のことを考えるとビジネス書も早く読む
ほうがよい、どうしたらよいのだろうか、と悩むことになります。この
ようなトレードオフでは両方とも可能なのですが、自分の想いを１００
％満たすような形で可能になる訳ではない、ということです。
妥協案として、通勤電車の中では小説を読もう、作業への集中度を
高めて勤務時間内に余裕を生み出してビジネス書を読もう、定時後に
１時間くらいは取れるだろう、といった落着が可能です。
空間的なトレードオフもあります。店舗の棚割などに現れます。
定番のロングセラー商品と最近急成長している売れ筋商品とに、どの
ようにスペースを割り振るかに悩むようなケースです。
定番商品は店の売上げの基盤をなすものですし、売れ筋商品は売上げ
拡大や利益の伸長のために取り入れない訳にはいきませんから、両方
とも店内に売り場を作ることになります。
しかし、スペースに制限がありますから、それぞれの商品にとって
１００％望ましい売り場にはならないのです。店内のどの場所のどの
くらいのスペースを定番商品に当て、売れ筋商品はどの場所にどの
くらいのスペースを取って売り場を作るか、状況を勘案して悩みながら
決めることになります。
トレードオフに対してこのような見方をしますと、その解決方法は
バランスを調整することのように受け止められますが、バランスは
表面に現れた現象であることが多いのです。
どのようにしてバランスを調整するのか、それがむずかしいのです。
五分五分にするとか、直観で比率を決めるとかでは、トレードオフの
解決に成功することはないでしょう。
トレードオフという現象は狭い視野や浅い掘り下げで捉えてはいけない
ようです。関連する現象に広く目配りをし、現象を掘り下げて裏にある
現象を掴みにいくことなくしては、適切なトレードオフ対策は生まれて
こないのです。
以前にも引用しましたケーススタディの事例で説明します。
某コンビニチェーンのＡ店長は自店の売上げを改善しようと思い、
ＰＯＳデータによる売上げの要素分析に取り組みました。分析を通して
見えてきたことは次のようなことでした。
・弁当コーナーの売上げが伸び悩んでいる
・特に、サラダ類と麺類の売上げの落込みが顕著である
こうした状況を改善して売上げを伸ばそうと思い、秋の行楽シーズンを
迎える時期であることも考慮して、次のような施策を採りました。
・行楽シーズンによく売れる、幕の内弁当のスペースを広げる
・サラダ類と冷やし麺類の商品点数を減らし、スペースも小さくする
Ａ店長の施策は当り、幕の内弁当は飛ぶように売れ、従来のサラダ類や
冷やし麺類をはるかに凌ぐ売上げとなりました。しかし、意外なことに
店全体の売上げは下がってしまったのです。
この事例は、弁当コーナーと、サラダ類・冷やし麺類との間にある
棚割のトレードオフの状況下での解決策の問題です。トレードオフの
現象を表面的に捉えたための失敗だと言えます。
ＰＯＳデータを分析してみたところ、次のようなことが起こっている
ことが判明しました。
・来店者数が減少している
・サプリメントの売上げが落ちている
この原因を見い出そうと、顧客からのヒアリングに努めてみましたが、
有用な情報は全く得られませんでした。そこでＡ店長は弁当コーナーを
元に戻してみました。その結果幕の内弁当の売上げは落込みましたが、
来店者数もサプリメントの売上げも元に戻り、店全体の売上げも回復
したのです。
トレードオフ関係にある商品の他の商品との関係、裏にある隠れた
関係を捉えにいっていれば、次のようなことが見えたでしょう。
・サラダ類を買いに来た健康指向の女性が、店内を歩いていてサプリ
メントを目にしてこれを買う、ということが判っただろう
・学生が多い土地柄で学生来店者が多く、彼らは昼食をコンビニ弁当に
頼っており、購入する弁当メニューは毎日違うものになっている
ことが判っただろう
こうした視野の広い掘り下げた捉え方ができれば、サラダ類を減らす
ことがサプリメントの客を減らすことや、幕の内弁当一色のメニューが
選ぶ魅力を奪い、学生を他店に追いやることも予想できたでしょう。
トレードオフ問題の解決には、視野の広さと掘り下げの深さ、深慮
遠望が必要だということです。結びとして、現実にあったことをこの
視点から解釈してみました。
・キリンビバレッジが「生茶」というブランドで緑茶飲料に進出する
ことを、「おーいお茶」で先行していた伊藤園は歓迎しました。
市場を固定的に見れば、競争相手の出現はトレードオフです。しかし
伊藤園は競争相手の出現が市場の拡大をもたらし、先行の自社にも
恩恵を与えるものと捉えました。そしてその通りになりました。
・電池事業における三洋電機も同じようなことを考えていました。
三洋はパナソニック（当時は松下電器）に対して積極的に電池技術を
提供しました。その結果、電池の活用分野は広がり市場は拡大したの
です。三洋は相変わらず電池産業内に重要な地位を保っています。
・本のウェブショップのアマゾンでは、「この商品を買った人はこんな
商品も買っています」という案内の下に、関連商品を並べています。
本を買う時、どちらにしようかというトレードオフ感情が湧くことが
多いものです。しかし、この案内はそういう感情を薄める効果を
持っているようです。トレードオフ感情に取り付かれやすい本の
購入者の気持に働きかけて売上げを伸ばしているのです。
標準と改善・改革のジレンマ
標準化は改善・改革活動の大きな柱の一つです。ロスコストを削減
する上で、業務の生産性を高める上で、ＩＴ化を実現する上で、標準化
はきわめて有効な手段なのです。
改善・改革活動を通して標準化が進められ、業務標準や作業標準が制定
されますと、その標準に従って業務や作業を行わなければなりません。
また、充分な調査と検討を経て制定された標準は、ころころと変える訳
にはいきません。
ところが、改善・改革活動は現状を変えるという特性を持っています。
変えることなくしては、改善・改革活動は成り立たないからです。
標準と改善・改革とのこうした関係が、現実的には色々な問題を発生
させています。
ある現場では生産性向上の旗を掲げた改善活動で、標準に規定されて
いる累計使用時間を越えて、ある生産設備の部品を継続使用する提案が
出されました。使えるという実績が実際に上がっていたからです。
ところが、これに関する標準の変更を上申したのですが、受け入れられ
ませんでした。その部品の累計使用時間の延長は、不具合を引き起こす
可能性が高い、というのが理由でした。
他の現場も含めて詳細に調べてみますと、確かにその通りでした。たま
たま、その現場には不具合を引き起こす可能性のある部品加工命令が
長い間まわってきていなかったのでした。
標準を変えるという提案が改善活動から出てくることは、間違った
ことではありませんが、このケースは明らかに間違いでした。間違いの
原因は、標準が制定された際の技術的な裏づけが衆知されていなかった
ことでした。
改善活動が間違った結果を出す場合には、必ずこのような規定運用上の
落ち度があるものです。その落ち度は、改善活動に費やした人と時間の
無駄遣いを発生させることになります。
変化の絶えないのは世の中の常です。そんな中で一旦決めた標準を
頑なに守り通すことの間違いも起っています。
ある製品の製造に金型が使われていました。金型の仕様は標準化されて
おり、その中には耐久性も明示されていました。その製品の商品寿命は
時の流れとともに徐々に短縮し続けていました。
製造現場には改善活動が定着しており、種々の改善提案が実行に移され
ていました。ところが、仕様が標準化されている金型に関する提案は
ほとんど出ていませんでした。
もう何年も前に標準に規定された金型の耐久性は、商品寿命が短縮した
その時点では過剰なものになっていたはずです。こうした状況の下では
金型の耐久性を商品寿命に合ったものに変更するといった、改善提案が
あって然るべきだったのです。
即ち、一旦決めた標準を頑なに守り通すような姿勢では、継続的改善は
不可能なのです。既存の標準は、世の中の状況が変化していると察知
された時には、疑いの目を向けて見直さなければいけないのです。
改善活動が目指すことの一つに、業務や作業の簡素化があります。
業務や作業の流れを整理して、できれば一本の流れに統一し、これを
標準として制定しようとするものです。
しかし、例外業務や例外作業はなかなか整理しにくいものです。例外が
多過ぎるのは問題ですが、顧客との関係、材料や部品の調達先との関係
などから、どうしても残さなければならない例外はあるものです。
効率化のために、業務や作業を簡素化して標準化を進めることは、必ず
しも一本化にこだわることではありません。不可欠な例外を取り込んで
標準化を進めることもできるのです。
この場合にも言えますことは、一旦決めた標準を頑なに守るようなこと
をせず、世の中の状況の変化を察知して不要になった例外を除いていく
ことが有効だということです。こうして行われる標準の変更は、業務や
作業の簡素化を促進することになる訳です。
以上に述べましたように、標準と改善・改革との間にはジレンマが
存在します。しかし、これをうまく扱うことによってプラスの面を引き
出すこともできるのです。
標準と改善・改革との間にあるジレンマとうまく付き合うための心構え
として、今回のポイントを下記にまとめておきます。
・標準の背景にある技術的裏付けを衆知させる
・業務や作業の流れを一本化することにこだわらず、必要な例外を
認めて標準化を進める
・一旦決めた標準を頑なに守るようなことはせず、世の中の変化を
認めた時には、疑いの目を持って既存の標準を見直す
農業はどうなっていくか：考房だより５７
「目標管理をどう捉えて、どのように実行するか」というテーマで
意見交換を行う予定でしたが、５月の談論に参加できなかった人たちの
出席がありましたので、「５年後はどんな新領域に」のテーマで振り
返りを行いました。少々の時間を掛けた後に６月の本題に入るつもりで
いましたが、話が発展していきましたのでこれを続け、本題は来月送り
としました。
参加者の１人が数年後には農業を始めようとしている人でしたので、
そこから話が展開していきました。
・中小企業の経営支援を行う今の仕事は約２年前に始めたものだ。５年
先を考えると、新しいことが加わっている可能性は高いだろう。
・人間が生存するための２大要素はエネルギーと食料だと考えている。
現在はエネルギー関係の仕事をしているが、数年後には農業を始める
準備をしている。近畿圏の近郊を調査している。
・自治体が中心となって、若者を農業に集める動きが始まったようだ。
傾向としては好ましいと言える。
・農地を提供するだけではだめだ。土地や作物に関する知識の伝授、
作物を育てるために必要な物資の調達、必要な作業の教育訓練、
といったことにまで手を廻す必要がある。
・いま農業が抱える大きな問題の一つに、大量の耕作放棄地がある。
このままでよいはずがない。色々な試みがなされているが決め手と
なるものは未だ見えて来ないようだ。
・農業の復活振興のためには、農業への意欲を持った多くの人たちの
手を借りることが欠かせないのではないか。現実にそういう人たちが
大都市の中にも結構多いらしい。
・耕作放棄地再生の活動として、農業指向の大都市住民を活用する話を
聞いたことがある。大学の農学部を出た３０代の若者が進めている
事業で、都心から車で１時間くらいで行ける大都市近郊の耕作放棄地
を借り受け、これを体験農場として大都市住民に貸し出す事業だ。
農地を貸し出すだけではなく、植え付け、育成、収穫の指導をし、
資材や機器の準備、調達まで世話をするというものだ。目的は、
収穫の喜びを感じて長く続けてもらうことにより、耕作放棄地を
徐々にでも減らしていくことだ。
現在、首都圏と近畿圏と中京圏に複数箇所を運営しており、これから
さらに増やしていくとのことだ。
・農業復活を考える場合、農村復活も合せて考える必要があるだろう。
先日、滋賀県の地方都市の奥にある農村のイベントに参加した。
コンサートと蛍狩りと地域料理という組み合わせで、約９０人もの
人が集った。なかなか魅力的なイベントだった。
この地域は鮎釣りのメッカとしても知られており、季節の移ろいの
中で時候に合った魅力的なイベントを繰り返しながら、農業と農村の
魅力を訴えてシンパを増やしていくのもよいのではないか。
・農業を発展させるという視点から捉えれば、農地だけに頼ることは
ないと思う。工場農業というのも一つの選択肢だ。実際に稼動して
いる工場もある。葉ものの水耕栽培で２３毛作を実現している例も
ある。
・農業出荷額の統計で見ると、日本は世界第５位の農業大国らしいが、
それに相応しい産業としての農業を作り上げなければならないのでは
ないか。今話題の地球環境維持とも相乗効果があるだろう。
以上のような農業に関する談論の他に、科学技術や医療技術の発展が
どういう現実をもたらしたか、という話題もありましたが、これに関し
ましてはここでは割愛します。
生産：ラインからネットワークへ
生産ラインにおける改善、という考え方は当り前のように受け止め
られるようになりました。そして、生産リードタイムの短縮やコストの
低減を実現して利益体質を作るために、多くの製造業で取り入れられる
ようになりました。
この考え方の基盤となっているものは、「滞留を無くすこと」と
「手待ちを無くすこと」の２項目だと言ってよいでしょう。いわゆる
５Ｓ活動にしても２Ｓ３Ｔ活動にしても、この２項目の実現を目指して
いる訳です。
具体的な施策レベルで言えば、作業の括りの編成替えや作業内容の
見直しといったことが行われる訳ですが、こうしたことも上記２項目の
実現に狙いを定めています。
その大きな成果の一つが、トヨタの「かんばん方式」で有名になった
ＪＩＴ（ジャストインタイム）方式です。まさに、滞留を無くすこと、
並びに、手待ちを無くすことに大いに貢献したのです。
こうしたことに先鞭をつけたトヨタグループは、自社で有効に活用した
方法を体系化しました。これがトヨタウェイとして広く世界中に知られ
るようになったことが、生産ラインにおける改善活動を当り前のことに
したと言ってもよいでしょう。
生産活動がある程度の範囲内で閉鎖的に行われている場合には、生産
ラインにおける改善という考え方が効果的に機能します。一つの工場内
でほとんどの生産活動が行われる場合には、その工場内に限って改善を
進めればよい訳です。
そんな場合でも、ある種の部品や材料、専門技術に依存する装置などは
工場の外から調達する必要があります。「かんばん方式」はこうした
ものに対しても適用され、効果を上げています。
今の時代では、多くの生産活動は閉鎖的とは言えない状態です。
国内に限らず、世界中から部品や材料や装置などを調達することで、
生産活動は成り立っています。さらに、製品によっては、自社工場の
中では生産活動は一切やらない、といったケースもあります。
このような状況に対応して、「滞留を無くすこと」と「手待ちを無くす
こと」の２項目を実現しようとすれば、生産ラインにおける改善、
といった考え方では成果を出すことが困難になっていると言えます。
こうした状況の下で、生産ラインに替わって浮かび上がってきた
考え方が、生産ネットワークと呼ばれるものです。これは、製品を生産
する工場に焦点を合わせて生産プロセスを捉えるのではなく、製品の
生産に関わるあらゆる活動を視野に入れ、その全体をネットワークと
して捉えるものです。
大企業は多くの工場を持っています。生産ラインという捉え方では、
各工場ごとに単独で改善活動を進めることになります。それぞれの工場
では、製品の違い、製造する部品の違いなどがある一方、同じ部品が
使われる場合もあります。
こうしたケースでも、それぞれの工場が自工場の製品用に同じ部品を
別々に生産していたりします。生産ネットワークという捉え方をすれば
このような問題点が見えるようになります。
当然のことですが、同一部品の生産を集中すること、その部品を輸送
することなどに関わるメリット・デメリットを、コスト、滞留の防止、
手待ちの防止、といった観点から検討することになります。
生産ネットワークでは、自社工場だけを考えるのではなく、部品や
材料や装置の調達先、外注加工先、輸送業者などを含めて捉えることに
なります。こうした捉え方は、事業所が一つしかない中小企業にも同じ
ように当てはまります。
同一化できるような部品が、製品によって調達先や加工業者が違って
いたり、加工範囲が違っていたりすることがあります。そのために、
コスト上不利な小口発注となっていたりすることもあります。
こうしたことはＪＩＴ運営上でも不利ですし、調達先や加工委託先の
生産プロセスの改善にも不利に働きます。
このように、生産プロセスを捉える視点を、生産ラインから生産
ネットワークへと転換することにより、今の時代に解決すべき色々な
問題が見えてきます。
先頭を走っている人たちは既にこうした捉え方をしているようですが、
まだ大勢にはなっていないように感じます。生産プロセスの改善に際し
ては、まず生産ネットワークという広い捉え方をし、ラインはネット
ワークを構成する一部として捉えるのがよいと思います。
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