| 月刊：考研レビュー既刊分─２０１０年１０月 |
| ２０１０年１０月号 ４週：各論を実現する力 |
| ３週：リスクテイク能力とこれからの経営 |
| ２週：電気自動車の普及に思うこと：考房だより６０ |
| １週：価値観についての考察 |
各論を実現する力
根本的な問題の解決を図ったり、さらなる向上を目指したりする時、
色々な改善提案や活動の提案が出てきます。この提案を然るべき機関で
審議し、何を実行するかを決定して活動が始まります。
提案されたことの殆どは、前向きのこと、実現したら良くなることです
から、反対意見は殆どありません。反対があるとすれば、方法論や実行
負担に関することに限られることが多いようです。
そんな状況ですから、何を実行するかを検討する段階では、実行決定案
には大多数の人が賛成します。こうして何を実行するかが決まり、実行
主体や実行方法を具体的に検討する段階に入ります。
ところがこの段階になると、「そんなことは無理だ」「自分の部門は
特殊事情があるから無理だ」というような反対意見が頻発することが
多いのです。
組織におけるこうした現象を、「総論賛成、各論反対」といった
言葉で呼んでいます。「流れに逆らうのはまずい」「自分が苦労を負う
のは避けたい」という心理が、この現象を生み出していると言えます。
この現象を克服して活動を軌道に乗せるためには、こうした心理が発生
しないような組織風土を作ればよいのですが、それがなかなか容易では
ないことは多くの人たちが認識しているところです。
そのような組織風土では、全体最適を部分最適の上に位置付けて考える
習慣が定着していなければなりません。さらに、部門の都合を優先して
考える習慣が排され、問題解決の都合を優先して考える習慣が支配的に
なっていることも必要です。
このような風土は一朝一夕にでき上がる訳がありません。５年１０年の
スパンで風土作りに取り組むことは必要なことですが、それと並行して
活動を推進し、その成果も出さなければならないのが現実なのです。
こうした状況の下で現実的な成果を追求するために必要なことは、
・総論賛成意見の具体的な実態把握
・各論を具体化するための行動設計
の２項目だと言えるでしょう。
総論賛成意見の具体的な実態把握とは、総論賛成意見を述べる人が
何に賛成しているのか、総論を実現するための行動イメージを持って
いるのか、といったことを掴むことです。
例えば、賛成者の中には、こうしたスローガンを叫び続けることしか
考えていない人たちもいます。こうした人たちをリーダーにしますと、
何か事があった際にスローガンを楯に取り、部下に責め言葉を発する
のみで、具体的な推進行動やそれに結び付く指導は生まれてきません。
上位者から成果の不足を突かれますと賛成の態度を一変し、各論反対の
言い訳を連ねるばかりです。こうした類の人たちは、各論を具体化する
ための行動設計ができませんから、こうしたことになるのです。
こうした類の人たちをリーダーに仰ぐ部門や組織では、社員たちが右往
左往を繰り返し、しらけた雰囲気が蔓延するばかりで成果を期待する
ことはできません。このような人をリーダーにしてはいけないのです。
各論を具体化するための行動設計とは、総論で掲げられたことを
現場で実行するためには、誰が、何を、どのような方法で行うか、何時
それを行動に移せるか、といったことを明確にし、それを実行するため
の仕組みや基準を決め、その運用方法を明示することです。
こうしたことは、現場を知っている人、或いは現場を知ろうとし、現場
から学ぼうとする人にしかできません。総論賛成の人たちがこのような
状況にあれば、各論を具体的に理解することができます。こうして総論
賛成、各論賛成の人たちが生まれてくれば、この人たちこそリーダーに
相応しいと言えるでしょう。
しかし実際には、現場を知っている人は総論の意義は理解するものの、
現場の実態と突き合わせてみて、当初は各論反対に回ることが多いよう
です。そこで重要になってくるのが、現場を知っている人たちへの総論
理解の促進、各論の具体化設計への動機付けなのです。
上記２項目を明らかにし、適切なリーダーを選任することができれば
組織風土は不充分ながらも、問題解決や改善にむけての活動は可能に
なり、成果も期待できる状態になります。
こうして、組織風土作りへの長期的取組みと並行して、現実的な成果を
目指しての活動が進められるのです。活動の成功にとって最も重要な
ことは、これまでの話からお解りの通り、各論を実現する力です。
この力の根源は現場にあります。現場を知る、知ろうとする、そこから
学ぶ、といった姿勢がこの力を育みます。この力が、自信となって人や
組織に根付いた状態の上に、「総論賛成、各論賛成」が現実となり、
問題解決や改善の成果が生まれてくるのです。
リスクテイク能力とこれからの経営
２００８年頃からリスクテイクの重要性が強く主張されるようになり
ました。平成２０年度の経済財政白書にそれがはっきり見て取れます。
そして、その年の秋に発生したリーマンブラザーズの破綻から始った
世界同時不況がリスクマネジメントの重要性をさらに高めたようです。
ここ数年の間に起ったことは、それまでの日本経済や世界経済の中に
あった動きとは異るものでした。原油や鉱物資源の激しい価格変動、
食糧価格の高騰、建築基準法の改正の悪影響、金融事業に対する信頼の
低下、といったことを上げることができます。
このような新しい類の変化は、これからも次から次へと現れることで
しょう。そんな状況の中でも、企業は成長することを求められ、日本
経済も成長することを期待されています。
こうした状況の下で中長期的成長力を高めるには、リスクテイクが
必要だと言われています。リスクを前に立ちすくんでいたり、リスク
から身を守ることに汲々としていたりするのを脱して、積極的に適切に
リスクを取りにいくことが必要だと言うのです。
上記の白書には、それを裏付ける分析結果がデータとともに掲載され
ました。一部の例を上げてみます。
・リスクテイクの度合をＲＯＡ（総資本利益率）のバラツキの大きさと
捉え、バラツキの大きい企業をリスクテイク度合の高い企業、その
小さい企業をリスクテイク度合の低い企業と定義する。
・リスクテイク度合の高い企業のほうが総資本利益率の成長が大きい。
・国別に見ても、リスクテイク度合の高い国ほど、実質ＧＤＰの成長が
大きい傾向が見て取れる。
・世界の中で見ると、日本はリスクテイク度合が低い状態にある。
このような分析から、日本経済の成長力を高めるには日本企業がリスク
テイクする方向に導く必要があり、それが可能となるような環境を作ら
なければならない、としています。
こうした環境作りには、制度作り、金融リテラシーの醸成、各企業の
リスクテイク能力の向上、といった課題を解決しなければなりません。
解決策を方向付けるものとして、次のようなことが上がっています。
・家計から企業への資金の流れでのリスクテイクを可能にする。その
ためには、金融に関する知識の高度化が必要であり、機関投資家の
役割が重要である。
・ベンチャー資金の回収方法を多様化する。株式公開オンリーでは
限界がある。
・こうした施策の実施を通して研究開発費の増大を促す。
実際、リスクの高い分野を重要視する企業は研究開発費が多く、機関
投資家の持ち株比率が高い傾向にあるとの分析結果が、上記の白書に
掲載されていました。
リーマンショック以降、金融に関する多くの所論が発表されており、
否定的なものも少なくないため、リスクテイクに対する不安も生まれて
います。しかし、企業が成長力を維持したり高めたりするためには、
リスクテイクを避けて通る訳にはいかないのが現実なのです。
即ち、リスクマネジメントの知識や方策を手に入れ、リスクテイク
できるだけの経営資源を確保し、適切なマネジメントの下で積極的に
リスクを取っていくことが必要だということです。
リスクテイクとは「積極的に不安定な状態を作ろうとすること」、
リスクマネジメントとは「不安定な状態の中で安定を追求すること」
と受け止めますと、本当の経営とか戦略経営とか呼ばれるものは、
リスクテイク能力に裏打ちされたものだと言えそうです。
電気自動車の普及に思うこと：考房だより６０
「電気自動車が変えるかもしれない我々の仕事」というテーマで、
予想や浮かぶイメージのままに自由な談論を楽しみました。現実的に
腹に落ちるものもあれば、空想レベルのものもありました。これまでの
そしてこれからの世の中の変化を想えば、空想レベルのことが実現して
しまうこともあり得るのかもしれません。
・電気自動車でも、自動車機能の面では変りはないが、とりまく環境の
中に変化が生まれてくる、と考えるのが妥当な感じがする。
・居住空間という機能が自動車にも付いてくるのではないか。これまで
にも船がそういう機能を持っているケースがある。大容量の充電機能
を備えた（オートキャンプ場ならぬ）レジデンスカー団地といった
ものが出現しそうだ。
職種によっては、レジデンスカー団地を住み替えながら仕事をする
人たちが現れてくることも充分考えられる。
・電磁波障害などは発生しないだろうか。携帯電話でも一時問題視され
たことがある。
・大気汚染が減少するのは明らかだ。エンジン車には必須のフィルター
や排気ガス燃焼触媒などは不要になるから、それらの部品メーカーは
変らざるをえない。
・Ｆ１のようなカーレースはどうなるだろうか。ヨットレースのような
形態でエンジン車のレースとして残るだろうか。
・大型貨物車まで電気自動車化される可能性はどうだろうか。これが
困難だったり、相当先のこととなれば、都市の中心部への乗り入れは
電気自動車のみに規制され、都市の入り口の幹線道路沿いには大型の
デポが多数生まれるのではないだろうか。
・貨物輸送の問題は既に多面的に考えられている。まずは鉄道輸送だ。
モーダルシフトという呼び名のもとに鉄道輸送を強化し、鉄道駅を
デポ化することにＪＲが力を入れている。某大手の宅配便事業者も
鉄道利用を増やしている。
さらに、港に大規模なデポ機能を持たせて海上輸送を強化することも
進められている。運輸業全体がこれから変化しようとしている。
こうした状況のもとで、電気自動車がどのような役割を担うべきかが
見えて来そうだ。都市中心部への乗り入れを電気自動車のみにする
規制の実現可能性は高いかもしれない。
・家庭用自家用車などの充電には夜間電力が使われるようになり、電力
消費の平準化が進むだろう。そのために、大型発電所のエネルギー
効率が高まるので、この面でも環境に良い影響を及ぼすだろう。
・ガソリンの消費量が減少し、既存の大型発電所のエネルギー効率が
上がることになれば、原油輸入量が減少し、タンカーの需要も減少
する。これは国の安全保障上にも好影響を与える。
・制度が変ることも充分考えられる。車検、自動車税、運転免許、保険
製品保証、廃棄、といった分野だ。
・中古車の基準が変るだろう。自動車は電機製品ということになり、
中古のバッテリー、中古のモーター、中古のシャーシーが部品として
取り引きされるようになり、場合によっては従来の中古車ビジネスが
無くなり、既存車のリフレッシュサービスが生まれるかもしれない。
・学校の課程の、機械工学、自動車工学、電気工学の領域にも変化が
及ぶかもしれない。
・シャーシーとバッテリーを押さえたところが強みを持つことになる
だろうと思われるが、完成車メーカーの強みはどのようにして維持
されるのだろうか。従来のようにエンジンを押さえたところが強いと
いう訳にはいかない。
・自動車の完成車メーカーや部品メーカーだけではなく、関連産業にも
大きな変化をもたらすだろう。鉄鋼業や商社などへの影響は大きい。
・災害時に自動車の走行を保証する対策も変る。従来はタンクローリー
によるガソリンや軽油の供給が要にあったが、それに代って、交換
バッテリーや充電電力の供給が要となる。
・当面考えられる一番の災害対策は、非常用発電機の活用だろう。病院
や公共施設には従来から非常用発電機が設置されているし、最近では
マンションやオフィスビルでも情報機器用やエレベーター用に非常用
発電機が設置されるようになった。これを自動車の充電用にも使える
容量と設備構成にするのがよいだろう。
・過疎地や農村地にメリットをもたらす効用は何かないのだろうか。
日本の場合、過疎地にも電気は来ている。今は想い浮かばないが、
電気自動車の活用で過疎地の復活、農村地の活性化を図る妙案はない
ものだろうか。
・スタートラインに戻る話だが、水素自動車や燃料電池車は、今話題の
電気自動車に押されて消えた訳ではないはずだ。これから先、そちら
に主流が移ることも考えておかなければならないだろう。
以上のような内容でした。将来の仕事や事業を考える上での参考に
なる部分があるようでしたら幸いです。
価値観についての考察
価値観という言葉がよく使われるようになりました。この言葉自体に
対しては、抵抗感なく受け入れる人が多いでしょう。しかし、価値観
とは一体何か、と問われると答に詰まる人も多いと思います。
ある国語辞典では、価値観を次のように定義しています。
・そのものにどういう価値（意義）を認めるかについての、それぞれの
人の考え方
また、ある論文の中からは、次のような定義が浮かび上がってきます。
・価値観とは、ある物事の価値を認識するための、組織や人に内在する
物理的には認識できない、思考の脈絡（文脈）の構成の仕方であり、
それは組織や個人ごとに違いのある多様なものである。
このような言葉による定義よりも、ある具体的な行動で表現した方が
解りやすいかもしれません。解りやすい一つの例として、グーグルの
行動を紹介します。
グーグルは人材を採用する際に、客観的に評価できる能力やスキルだけ
ではなく、その人の持つ価値観がグーグルの価値観に合うかどうかを
重視しているとのことです。
採用面接の際にはこうした考え方を反映して、個人の価値観が滲み出る
ような問題を出題するというのです。そして、面接の過程では、その
ような価値観を理解するための質問や対話によるコミュニケーションを
行います。
そして最後に、面接官に対してあるテストを行います。それは、その
入社希望者とともに一晩ある場所に閉じ込められたと仮定して、それに
耐えることができるか否かを問うものです。
閉じ込められるという相当ストレスの高い状況の中で、その人と気分
よく一緒にいられるか否かを判断する訳です。「こんな奴とは一晩も
一緒にいられないよ」みたいな人は採用してはいけないと、ある幹部は
語っています。
このテストの真意は、能力やスキルなどだけに目を奪われることなく、
グーグルの価値観に合う仲間たり得るか否かを、具体的に思考すること
だと説明されています。
価値観の定義や、価値観が関わる具体的行動の事例などから感じ
取られることは、物事そのものが価値を持っているのではなく、物事の
価値は、組織や人が持っている価値観によって初めて見い出されるもの
だということのようです。
価値観をこのように捉えた上で、今の時代になぜ価値観が重要視され
ているかを、価値観を重要視しているグーグルの行動を頭におきながら
考えてみます。
今の時代、情報インフラの発達、ＭＢＡなどの知識の体系化と流通、
組織の垣根を超えた経営資源の獲得手段の拡大などで、情報、知識、
資源、物、仕組みなど、物理的に認識できるものの流通が活発になり、
その結果として組織や人がこうしたものを獲得する上での制約がなく
なってきています。
このような時代には、多量に流通するこうしたものの中から、自分に
最も価値のあるものを迷うことなく素早く見極めて選択する意志決定力
が、自分や自社の、あるいは自分や自社の商品の差別化を実現する上で
きわめて重要になっているのです。
先述のグーグルの行動と同社の活動実績を合せて考えてみますと、こう
したことが現実化していることを理解できるでしょう。
こうした価値観重視の方針で思考と行動を進めようとする際に、気を
付けなければならないことがあります。それは、価値観と信じられて
いるものには２種類あるということです。一つは「疑似価値観」と呼ば
れるものであり、もう一つは「絶対価値観」と呼ばれるものです。
疑似価値観とは、周囲が価値を見い出しているものに自分も価値を
見い出そうとする思考と行動に関わるもので、本当に自分の根底に内在
する価値観とは言いがたいものです。
疑似価値観は他人から借りてきたニセモノの価値観ですから、これに
基づいて物事の価値を評価しますと、周囲が良いと言うものを選びがち
になり、本来的に自分に合わないものを取り入れる結果となります。
こうした思考と行動からは決して差別化は生まれません。安易なベンチ
マーク、世間で評判の経営改善手法の盲目的採用、時代の先端を行く
ＩＴシステムの無条件導入、といったことは疑似価値観のなせる業と
言えるでしょう。
絶対価値観とは、周囲がどんな価値を見い出すかには全く関係なく、
自分自身にとっての価値を見極める深層に潜む価値観だと言うことが
できます。これは、自分自身で様々な事実や現象に触れ、様々な知識を
吸収する中で育まれたもので、たいへん主体性の強いものです。
この絶対価値観こそが、溢れかえる多くの物事の中から自分に最も価値
のあるものを、迷うことなく素早く見極めて選択する意志決定力の基盤
となるものなのです。
絶対価値観は、人の中にだけではなく、組織の中にも存在します。組織
の場合には、それは組織構成員の中に共通価値観として共有されること
になります。組織で論じられる価値観の共有とは、こうしたことを指す
のです。
絶対価値観に関する一つの例を上げておきましょう。
アップルのiPODがその解り易い例です。iPODのデバイス、サービス、
技術といったものは、一つ一つを見てみますと、それぞれは競合他社と
大差がないと言えます。
しかし、アップルという組織に内在する共通価値観が、iPODの開発の
開始から事業展開に至るまでのあらゆる意志決定シーンにおいて機能し
一つ一つは競合他社と大差ないものの組合せでも、それが競合他社との
差別化を生み出すという結果を生んだのです。
こうしたことが起こる理由は、組織や人の深層に内在する絶対価値観が
他社や他人からは理解しにくく模倣しがたいことです。そして、深層に
内在する絶対価値観は、長期にわたってブレることがないことです。
絶対価値観は、何もせずに放置しておきますと、自分自身でも認識
するのがなかなかむずかしいものです。何らかの方法で自分の絶対
価値観と向き合う工夫をし、それを認識することで、疑似価値観に
惑わされずに今の時代を生きて行けるようにしたいものです。
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