| 月刊：考研レビュー既刊分─２０１０年１２月 |
| ２０１０年１２月号 ４週：用途と機能を切り分けて捉える |
| ３週：創造的な戦略を生む：考房だより６２ |
| ２週：イノベーションを考える上で必要なこと |
| １週：理想の状態を想い描く |
用途と機能を切り分けて捉える
製品や設備や技術を基盤にしてそこから何かを考える時、私たちは
その製品や設備や技術をどのように捉えているでしょうか。まず実例を
いくつか挙げてみます。
自動車用部品工場のプレスには、それまで使っていた金型を取り出し
次に使う金型を取り付けるため金型交換装置が装備されています。この
装置は、金型を交換するための装置と捉えられることが多いでしょう。
メッキ工場には、メッキする部品を掴んでメッキ槽に浸したり引き
上げたりする装置があります。この装置は、メッキ部品の浸漬装置と
して受け止められるでしょう。
無線電話器は、通信線につながなくても通話ができる器械として捉え
られていました。しかし今、それは携帯電話として発展し、単に無線で
通話ができる器械の域を超えています。
製品や設備や技術に対する、ここに挙げましたような捉え方は、その
用途を捉えていると言えます。即ち、金型を交換するという用途、
部品をメッキ槽に漬けたり取り出したりする用途、ワイヤレスで通話を
するという用途です。
このように用途で捉えることは、目前に見えることから引き出されます
から、解りやすいと言えます。そしてさらに、他者に言葉で説明する際
にも伝わりやすいと言うことができます。
製品や設備や技術の捉え方には、これとは別の側面から捉える方法が
あります。それが、機能で捉えるという方法です。前の事例をこの側面
から捉えてみますと、次のようになるでしょう。
・金型交換装置は、機械装置内にある或部品を取り出したり装着したり
する装置
・メッキ部品の浸漬装置は、部品を掴んで移動し昇降する装置
・無線電話は、通信線につながなくても信号のやりとりができる装置
といった具合です。
機能の側面から捉えますと、製品や設備や技術を包み込んでいた、用途
という枠が無くなり、こうしたものに対する思考や発想の展開が広がる
ようになります。
一般的には、用途と機能とがあいまいに混同されて捉えられることが
多く、これが製品や商品の企画、新製品や新分野の開発、といったこと
に対する障害となっているとの主張がなされるようになりました。
新しいことの企画や開発を促すためには、製品や設備や技術に関して、
現在適用されている用途と、それが持つ機能とをはっきりと区別して
考え、機能を明確に捉えることが大切だというのです。
こうすることにより、現在の事業に使われている設備や技術が、自社の
用途を離れてどのような分野や領域に活用可能であるかが見えてくる。
企画や開発の発想はそこに至って初めて生まれるという訳です。
こうした考え方の妥当性を物語っている典型的な事例が、携帯電話の
発展でしょう。始まりはワイヤレスで通話できるという親機と子機の
セットでした。
通話という用途の枠を外し、信号のやりとりという機能から捉えること
によって、文字情報の伝達という用途に適用されてメールができるよう
になりました。
さらに、文字情報という用途の枠を超え、画像情報の伝達に適用されて
カメラ付き携帯が生まれ、そしていま、信号のやりとりという機能を
金銭の決済という用途にまで広げることができるようになり、
「オサイフ携帯」が実現したのです。
具体的に目の前にあり解りやすいため、思考が用途という枠に囚われ
易くなることは否定できませんが、思考や発想を広げるために、新しい
道を切り開くために、用途と機能を切り分けて捉えることを常に強く
意識しておくことが必要とされています。
創造的な戦略を生む：考房だより６２
創造的な戦略はどのようにして生まれるのだろうか、という問いかけ
に対して、どんな戦略を創造的というのかを各人が実例を上げて意見を
述べてみることから始まりました。
・書店の書棚を眺めてみれば、戦略策定に関する本が多数ある。しかし
こんな本は何の役にも立たないと切り捨てる経営者も少なくない。
このようなフレームワークを使って生まれた戦略は月並みで創造性に
欠けると、経営者たちは直観しているのかもしれない。
・例えば、アップルの最近の戦略は創造的なのかについて考えを巡らし
てみることも、創造的な戦略とはどういうものかを認識する良い機会
になるかもしれない。
・自動車のスズキは、未だ目を向ける人や企業が稀少だった頃から、
敢然とインドに進出した。目的はインドで売ることだった。多くの
人や企業が造ることを目的として中国に進出していた時期にこれを
敢行した。
なぜスズキはインドに向けて行動を起したのだろうか。色々なことが
考えられる。周囲に流されず、人マネをしないという意志と信念。
決断するまでにとことん調べ抜き、考え抜いた行動。こうしたものが
スズキの創造的な戦略を生んだのだろう。
・考え抜いた人だけに見えてくるものがある、と言われる。スズキにも
そういうものがあったのだろう。
・戦国時代の信長にも似たようなところがある。他の大名や武将がやら
なかった情報を最重要視する戦い方だ。桶狭間の勝利もこの戦い方が
もたらしたとも言われている。
・戦略に創造的なものをどの程度取り込むか、ということも重要だ。
多くの中小企業は、時代の流れに乗って存続していくのが精一杯と
いうところがほとんどだ。
一般的には、そんな企業がスズキや信長のような戦略を取ることは
きわめて困難だと思う。中小か大手か、天才を抱えているか凡才の
集合か、によって創造的なものを取り込める度合が違ってくると
考えるべきだ。
・中小では創造的な戦略を考えられないとは言えない。創造的に戦略を
考えている中小の実例は少なくない。例えば、電気自動車の将来展開
を予想して何にどのように取り組もうかと考えている企業の例だ。
大手やベンチャーの取り組みの大部分は、電気自動車のメリットに
乗っていく取り組みだ。しかし、逆の考え方をしている中小企業が
稀だが存在する。
電気自動車の普及につれて、人々を困らせる、従来存在しなかった
何かが発生するはずだ。それを調査したり予想したりして、自社の
事業を活かす道を見い出そうとする戦略だ。これはきわめて創造的な
戦略だと言える。
・自社を変えてしまう、自社の過去を否定してしまう、という考え方を
取れるかどうかも重要だろう。
・ヤマト運輸の小倉元社長、リクルートの江副元社長たちが打ち出した
ような戦略は創造的だと言えるだろう。小倉氏の考え方は、自社の
過去を否定してしまう、自社を変えてしまうということそのものだ。
江副氏の考え方は、これまでに存在しなかったことをやろうという
ものだ。この両者に共通するものは、常識と捉えられていることに
疑問を感じ、この“常識”を超えようとしてとことん考え抜いたこと
だろう。
・ソニーのウォークマンや、カシオのＧショックは、実は戦略から
生まれてきたものではなかった。アングラ研究とかシャドウワーク
とか呼ばれている、公認されていない活動が実ったものだ。
優秀なヒマ人を抱えておくことも創造的な戦略と言えるのだろうか。
・状況に乗るとか状況を開発する、といったことに目を向けることも
創造的な戦略を生む要素の一つになるだろう。状況から的確なものを
学び取ることができれば、そこから創造的な戦略が生まれる可能性が
高いのだ。
状況に乗って成功した事例として上げられるのは、マイクロソフトの
日本語ワープロソフトやプレゼンテーションソフトだ。先行の他者が
他商品でもって状況を作ってくれていた。
状況を開発して成功した事例としては、コカ・コーラの世界展開が
よく知られている。コカ・コーラが世界中で売れる状況を同社自身が
開発したのだ。
・複数の戦略案を評価する時、評価項目に◎○△×を付けて評価し、
各印に評点を与えて総合点の高いものを採用することが多い。ある
ベテランコンサルタントが自分のことを振り返って、次のように
書いていた。
総合点の高い案を推奨してきた自分が言うのもおこがましいが、
総合点方式は間違っていると思う。×が多くても◎がある案、◎が
多い案を採用するべきだと。
×があっても◎が多い案のほうが創造的である可能性は高いだろう。
×が付いた項目は、できないとか困難だと解釈するのではなく、解決
すべき項目、克服すべき課題だと受け止めるのが正解だろう。
・黒部ダムには「７割の成功見通しがあればやるべし」といった意味の
言葉を刻んだ碑がある。当時の関電社長の言葉だ。
・明確な目標を持ち、小さなことを一つ一つ積み上げていくことが、
創造的な結果を生むこともある。好例はトヨタウェイだ。滞留を
無くす、手待ちを無くす（ジャストインタイム）という目標を掲げ、
それに向かって小さなことを積み重ねてでき上がったのがトヨタ
ウェイだ。トヨタウェイの推進は創造的な戦略だったとの解釈が成り
立ちそうだ。
・今回の談論から見えることは、創造的な戦略を生む基盤にあるものは
強い信念を持つ、調べ抜き考え抜く、常識に疑問を感じてこれを超え
ようとする、状況から学ぶ、×印は解決すべき項目・克服すべき課題
と受け止める、小さなことを積み重ねることを厭わない、といった
ことだ。
以上の通り、熱のこもった談論でした。お役に立ちそうなヒントを
つかんで頂けるようでしたら嬉しく思います。
イノベーションを考える上で必要なこと
日本経済のバブル崩壊以降、イノベーションの必要性が声高に語られ
るようになりました。その後リーマンショックを経て、その傾向は益々
高まってきているように感じられます。
こうした主張を時系列で追ってみますと、イノベーションという言葉で
主張されることでも、その内容の変化に気付きます。一部を取り上げて
みます。
・９０年代前半には、脱ものづくりの主張が盛んでしたが、後半に入り
金融機関の破綻と窮状が顕著になってきますと、ものづくりの中で
イノベーションを追求する傾向が再び強くなってきました。
・９０年代から２０００年代前半を通して、ＩＴ化とインターネットの
活用によるイノベーション指向が強まっていきました。
・日本の自動車産業の隆盛にともなって、一部の産業では自動車関連に
事業をシフトすることでイノベーションを達成しようとする傾向が
見られるようになりました。
・バイオテクノロジーやナノテクノロジーの発展は、医療関連や微細
技術関連のイノベーションを生むことになりました。
・２００６年の政府発表の「新経済成長戦略」には、日本の産業界は、
高級素材や高級部品の開発と生産を担う、世界のイノベーション
センターになるべし、との方向性が打ち出されています。
・そして今あらゆる産業が、地球環境維持、医療と健康、安心と安全、
といった方向でイノベーションを追究しているように見えます。
イノベーションという言葉が企業経営に取り上げられるようになった
のは、ピーター・Ｆ・ドラッカーの言葉からでしょう。即ち、
・企業の目的は顧客を創造することである。
・その目的を果すために、企業は次の２つの機能を持つ必要がある。
１．マーケティング（市場開発）
２．イノベーション（革新）
但し、イノベーションの内容、分野、領域などは、時代や環境によって
違ったり、変化したりするものです。それが上記に見てきた９０年代
から２０００年代にかけてのイノベーションの捉え方の変化にも現れて
います。
以前、某大手メーカーの研究開発本部長と意見交換したことがあり
ました。その時、これからのイノベーションの方向性を見る上で役に
立ちそうな視点を幾つか得ました。次のようなことです。
・これまでイノベーションと言えば、研究開発をどのように進めるか、
どのようにして目標を達成するか、といったことに関心が集ったが、
これからはそういった従来型に囚われた考え方を捨て、もう一段上の
レベルで考える必要がある。
・その一つは、従来の自己の領域を守っていた壁を破壊して考え、かつ
行働することだ。
・こういった視点から見て重要だと考えられることは、開発テーマの
探索と発見と設定をどのようにマネジメントするかであろう。
・人間の生存に必要なこと、それに関わる分野・領域への関わり、と
いったことに根本でつながっているイノベーションが重要だろう。
既に注目されている地球環境維持、健康・医療、安心・安全などは
この方向に向かっていると受け止められる。
・イノベーションと言っても大袈裟に考え過ぎてはいけない。既存の
技術や知識を組み合わせて新しいものを生み出す思考、即ち、
エンジニアリング思考が重要だ。また、製品やサービスの枠に
囚われることなく、その製品やサービスの基盤に在る機能や技術に
注目し、これを、求められる分野・領域にどう結び付けていくかを
追究することが大切だ。
以上のようなことも視野に捉え、自分の、自社のイノベーションを
どのように進めるかを考えていくことが求められていると感じます。
理想の状態を想い描く
新しいことを打ち出そうとして衆知を集めようとする時、既存の制約
や枠組をはずして自由に意見を出し合うことを意図して、ブレーン・
ストーミングなどの手法を使ったミーティングが行われます。
次いで、そのミーティングの成果として出てきた諸々の意見や発想を
整理したり体系化したりして、実際に取り組む具体的なテーマや課題を
引き出すことになります。
このプロセスは、
・先ずは発散思考を行い、自由奔放に想いを巡らすことによって生まれ
てきた発想や意見を集める
・集った発想や意見を論理的に整理し体系化して、参加者が頭に描いて
いることの共通項や統合する全体像をつかみにいく
・収束思考を通して、内容を評価し、実際に取り組むテーマや課題を
絞っていく
といった、「発散思考から収束思考へ」と呼ばれるものです。
このプロセスは現実的で実践しやすく、成果を生むことも結構多いと
言えます。
この「発散思考から収束思考へ」プロセスの成否を握っていると考え
られることは、発散思考が徹底されるか否かにかかっているようです。
発散思考を徹底するとは、既存の制約や枠組から解き放たれて、考えや
想いを馳せることを徹底することです。
既存の制約や枠組を外して考えよう、とリーダーが声をかけても、
日頃の業務や生活の中で自分を支配している感覚から抜け出すのは
容易ではありません。
何かを思い付いても、こんなことはできる訳がないという思いに取り
付かれたり、自分の言ったことが結局は自分に跳ね返ってくるのを避け
たいという感情が湧き上がってきたりします。
発散思考の徹底のためには、こうした思考上の障害や、感情的な障害を
取り除くための工夫がどうしても必要になります。色々なことが考案
され実行されていますが、有力な一つをここに紹介します。
理想の状態を思い描くことに集中することが、発散思考の徹底には
きわめて効果的です。理想という一言で参加者には、現実を離れて考え
てもよいのだ、という心理が強くなります。理想の状態を想って発言
する訳ですから、その発言を捉えられて何かを押し付けられる懸念は
薄らいできます。
このような状態を作っておいてから、参加者に対して発散思考を盛り
上げていくのです。この手法は、単に「既存の制約や枠組から離れて
考えましょう」と繰り返し呼び掛けるよりも、はるかに高い効果を
上げることになります。
この手法はイノベーションに取り組む際にも効果が高いようです。
自動車メーカー向け用品を製造する某社は、理想の状態を考える活動を
日常業務の一環として組み込み、これを通してイノベーションの風土を
育んでいるとのことです。
同社は、自動車１台当たりの同社製品の搭載金額を最大限に高める
ためにアイデアを出し合う活動を推進しています。特定の製品の売上を
対象とするのではなく、自動車１台当たりの金額を目標として捉える
のがポイントです。
これは、既存の製品や機能にとらわれずに、自動車という空間にこんな
ものがあったら便利ではないか、といった多様な発想を引き出すことが
狙いなのです。
アイデア出しの段階では、実際に自動車メーカーに採用されるかどうか
とか、法規制に触れるのではないか、といったことは気にせず、すぐに
実現しそうにない夢のようなアイデアも含めて蓄積していきます。
理想の状態を想い描くために、時には自動車１台を丸ごと試作すること
もあります。
同社は、こうした一連の活動を通して、新しいアイデアを出し合う意識
を現場に浸透させているのです。
考えが広がらない、思考が同じところで往ったり来たりしている、
ブレーキをかけるような言動の傾向が強い、といったことが察知される
時には、理想の状態を想い描く方向へメンバーを誘導することに知恵を
絞ってみるのがよいでしょう。
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