| 仕事力：既刊号 |
| ２０２０年 ９月号 ４週：戦略的休息 |
| ３週：意味のある凡打 |
| ２週：変化への関わり方について：考房だより１７９ |
| １週：読解力の問題 |
戦略的休息
適切な休息は創造性を刺激するようです。ならば、仕事の生産性向上
にもつながりそうです。いつの頃からか、日本人の働き方の生産性の
低さが指摘されるようになりました。休息の取り方にも問題があるの
かもしれません。ただし、ただ休めばよいという訳でもなさそうです。
アレックス・スジョン-キム・パンというアメリカ人が、「よい休息
（原題：Rest）」という著書の中で好ましい休息について所論を展開し、
多くの事例も上げています。その幾つかを紹介します。
多くの人たちはいかに働くかには大きな関心を持ちますが、いかに
休むかには関心が薄いようです。一般に労働と休息は対立するものと
見なされがちですが、この両者は対極にあるものではなく、相互に補完
するものなのです。言い換えれば、良い休息を取らなければ、よく働く
ことはできないのです。
ある種の休息は創造性を刺激します。著名なクリエイターたちの
多くは、最も集中が必要とされる仕事を、気持ちがシャキッとしていて
気が散りにくい早朝に行っています。そして日中は散歩や昼寝をして、
エネルギーを回復させています。
一日の中で、集中して働く時間とゆったり休息する時間とをバランス
よく持つようにし、課題をより創造的により効果的に解決するのです。
こうした休息は「戦略的休息」と呼んでも良いでしょう。
戦略的休息を上手に使った創造的な人物の例として上げることができ
るのが、チャールス・ダーウィンです。彼は朝食後８時までに書斎に
入り、１時間半ほど仕事をしていました。
９時半になりますと郵便物に目を通し、手紙を書きました。１０時半に
なりますと本格的な研究を開始しました。そして正午になりますと散歩
に出掛けました。このような生活を送りながら、彼は１９冊の本を書き
上げました。
フランスの数学者アンリ・ポアンカレの業績は、３０冊の著書と
５００本の論文です。それらのテーマは、整数論、位相幾何学、天文学、
物理学、そして哲学にまで及びます。
彼の場合、最も頭を使う思索は午前１０時〜正午、および午後５時〜
７時に行っていました。１９世紀最高の数学の天才が問題を解き明かす
のに宛てた時間は、１日のうちわずか４時間だったのです。
イリノイ工科大学のレイモンド・ヴァン・セルスト教授らは、研究者
が研究室で費やす時間と、書いた論文数を比較するグラフを作りました。
それはＭ字型の曲線を示していました。即ち、初めは急上昇し、週に
１０〜２０時間の間でピークに達した後に下降に転じていました。
グラフは週３５時間を底として再び上向きますが、その勾配は緩やかで、
週５０時間を２つ目のピークとして下降に転じていました。週６０時間
以上働く研究者の生産性は最も低いものでした。
約３０年間描き続けている漫画『ディルパード』の作者スコット・
アダムスが言っています。「頭が創造的なモードになっている時は、
時間の流れが違う。私の１日の中の最初の４時間は数分のように過ぎて
いく。その後１時間たつと創造性は枯渇し始める」。
こうしたことから言えることは、早朝や夜明け前から仕事を始める
日課を築き、これを続けることで、昼間に休息する時間を生み、休息を
より価値のあるものにしているということです。
デンマークの哲学者セーレン・キルケゴールは、「私は歩くことで
最善の考えに到達した」と語っていました。彼はコペンハーゲンの街を
よく散歩したことで知られていますが、この言葉は、多くの哲学者と、
戦略的休息を実践するすべての人の声でもあります。
独創的な人々にとって歩くことは、頭をすっきりさせ、問題を新たな
角度から見るための時間を与えてくれるのです。配車アプリを開発した
ウーバー・テクノロジー社のＣＥＯトラピス・カラニックは、サンフラ
ンシスコ本社にある歩行マシンで週に６５km歩いています。
また、シリコンバレーの企業家やＣＥＯの間では、ウォーキング会議が
人気を集めています。スティーブ・ジョブスは、緑の多い街路でウォー
キング会議を行っていました。グーグル本社の敷地には、ウォーキング
用の道がいくつもあります。また、フェイスブック本社の屋上には庭園
があり、全長８００ｍほどのウォーキング用の道が敷かれています。
現代の職場は座ることが多過ぎて、血の巡りが悪くなり、脳の回転も
遅くなりがちです。３０分歩けば、身体だけでなく脳も活発に働くよう
になることを、健康研究センターの医師も指摘しています。
戦略的休息を効果的に取るには、仕事が順調に進んでいる時に、その
日の仕事を終えるのが良いようです。次にどうするかは考えず、翌日
までそのままにしておくのです。
この先の展開が感じられる時、或いはまだエネルギーが残っている時に、
その日の仕事を終えることで、翌日は始めやすくなり、長い目て見れば
より生産的なペースにつながっていくのです。
アーネスト・ヘミングウェイはこの方法を採用していました。「次に
どうなるかが分かっている時に、その日の仕事を終える」という彼の
助言に、多くの後輩作家たちが従っていたとのことです。
この助言にはもう一つの理由があります。執筆の途中で止めておけば、
潜在意識はそれについてずっと考え続けます。だが、意識して考えたり、
思い悩んだりすると、次に書き始める時に脳が疲れ、順調に進まなく
なってしまうという訳です。
ある研究機関の実験による一つの結論に、「タスクを中断して別の
ことをすると、連続してタスクを行ったり、途中で似たようなタスクを
はさんだりするより、アイデアを生み出しやすくなる」というものも
あります。
以上、アレックス・スジョン-キム・パンの所論の一部です。お役に
立ちそうなものがあるようでしたら、試行してみては如何でしょうか。
意味のある凡打
凡打とは、野球という競技の中で打者が安打を打てずにアウトを取ら
れる打球を打つことを言います。同じアウトを取られる場合でも犠打は
凡打とは呼びません。打者の成績は主として打率、本塁打数、打点数の
３つで示されますが、一般的に最も重視されるのは打率でしょう。
打率３割を打つ打者は一流と言われます。一流打者でも１０回の打撃の
うち７回は凡打なのです。本塁を踏む得点や走者に本塁を踏ませる打点
につながるのは安打ですから、価値ある打撃は１０回のうち３回しか
ないのです。
ところが、最近の高度なレベルの野球では３回の安打をどのように
して打つかに加え、７回の凡打をどのようにして得点に結びつけるかが
重要視されるようになりました。典型的はものは、走者を進める進塁打、
三塁走者が本塁に突入できるようなボテボテのゴロ、といったものです。
イチロー選手は、タイミングが合わないと察すると瞬時の判断で、ボテ
ボテのゴロを打って自分が生きる内野安打にしたと言われています。
イチロー選手にとっては、安打に変身するこのような凡打並みの打球を
故意に打つことは意味あるものだったのです。
過去に活躍した野武士的な選手は、３点差を追いかけるゲームで、いま
自分がホームランを打ってもまだ２点差があるような時に、自分が一番
得意とするボールを意識して空振り三振に討ち取られるようなことを
したとのことです。
そして２アウト満塁のチャンスで次の打席が回ってきた時には、前打席
で三振に討ち取られたボールを弾き返して逆転満塁ホームランを放った
とのことです。三振も凡打と受け止めますと、これも見事な意味のある
凡打だったと言えるでしょう。
意味のある凡打とはこうしたことばかりではありません。広島東洋
カープが２４年間も低迷した後に快進撃を始めた理由の１つが、この
意味のある凡打の徹底だったと言われています。
２０１３年に就任した石井琢郎コーチは、選手たちにたたき込んだ
１つの教えが「意味のある凡打」だったのです。それは、凡打の中に
意味を見つけること、でした。
凡打には自分の打ち損じもあれば、相手投手に完全に押さえられてしま
うこともあります。どちらにしても記録は１つの凡打ですが、ベンチの
中で、それを次の打席に活かすにはどうすればよいかに思いを巡らせ、
次は打てるためのやり方を考えるのです。
そして次の打席で、そのやり方の妥当性を検証しにいきます。これを
何回も積み重ねます。これが「意味のある凡打」の教えだったのです。
この教えに従って行動した選手は一流の打者に成長していきました。
以上、プロ野球にまつわる話をしてきましたが、この話の中には意味
深いものが潜んでいると感じています。ビジネス界においても、野球に
おける凡打のようなものが色々とあります。
意味のある失注、意味なある目標未達、意味のある失敗、意味のある
無駄、等々。失注してしまった、目標が達成できなかった、失敗だった、
無駄なことをしてしまった、などと嘆いたり落胆するだけで終わるよう
では、進塁打も打てないし、ボテボテの内野安打も打てないし、奇跡の
満塁ホームランも打てません。
ましてや凡打の教えを糧にして一流打者に成長するなどは不可能です。
プロ野球の教訓に学び、自分の仕事力を向上させていくためのヒントを
この話の中から引き出していただきたいと思う次第です。
変化への関わり方について：考房だより１７９
第５話「変化への関わり方を考える」の第１回です。
激しく変化する社会環境の中で、「変化に対応する」とか「企業とは
変化適応業だ」などという言葉を頻繁に耳にします。目の前でそういう
言葉を浴びせられますと、「なるほど、その通りだな」と受け入れて
しまいます。
しかしよく考えてみると、何かおかしいという感覚が拭えないのです。
そんな受け身の姿勢でいいのか、変化に引きずり回されてウロウロして
いてうまくいくのか、そんな声が聞こえてきそうなのです。
産業界で今をときめく企業、バブルではなくホンモノの企業に注目して
みますと、彼等は変化に対応しているというよりも、むしろ変化を創り
出していると言う方が当っているような気がします。
変化に関わる必要が生ずるのは、危機にぶつかった時です。危機を
乗り越えて新たなる道へ一歩を踏み出すことができるか否かは、危機の
もたらす変化への要求にどう関わるかに大きく影響されます。
危機がもたらす変化への要求は、目に見える明確な形では現れません。
何かがおかしい、何か違和感があるという感じで浮かび上がってきます。
その時、慣れ親しんだ考え方や感じ方、事の進め方はもはや通用しなく
なっていることが多いようです。
それでも私たちは、今までの方法がもはや役に立たないとは認めたく
ないのです。それを認めたら不安と頼りなさに打ちのめされてしまうの
ではないかという恐怖を感じてしまうからです。
こんな事態に遭遇した時、危機を乗り越えるためには、どのように
変化に関わっていくのがよいか、それを考えるのが今回の話題です。
今回の話題では「変化にどのように関わるのがよいのか、そのような
関わり方をするために、どのような姿勢でどのようなことを実践すれば
よいのか」について考えるために、できるだけ解りやすい材料を提供
していこうと思います。
その基本的な考え方は「能動的（アクティブ）に、積極的に」という
ことです。変化対応や状況対応ではなく、変化主導や状況主導を考えて
いこうとするものです。
こういう能動的、積極的な姿勢や行動は、事業やビジネスに限定されず、
個人の人生にも好ましい影響を及ぼすであろうと思います。
読解力の問題
今、読解力が問題視されているようです。読解力とは、文章を読んで、
あるいは聴き取ってその表現する意味を理解したり、表現者の伝えよう
としていることを読み取ったりする能力のことです。
読解力が問題視されている背景には次の二つの事情があります。
・日本の中学生・高校生の読解力が危機的な状況にあると見られること
・近未来、多くの仕事がＡＩで処理されることが予想され、人間が優位
にあるのは読解力が必要とされる仕事だろうという見通しがあること
読解力は仕事力の重要な要素です。理系か文系かを問わず、職種を
問わず、仕事に複数の人間が関わりコミュニケーションが必要とされる
ならば、仕事を進める上で読解力は不可欠なのです。
前記しました二つの事情を基盤にして読解力の問題についてお伝えしよ
うと思います。
国立情報学研究所の新井紀子教授の著書に次のようなことが紹介され
ています。
「ロボットは東大に入れるか」と名付けた人工知能プロジェクトを
開始した２０１１年に、様々な大学にお願いして、６０００人の大学生
の数学力を調査した。
その結果、大学生の基本的な読解力に疑問を持った。即ち、多くの
大学生が問題文を理解できていないのではないか、という疑問だ。
そこで、中学生・高校生の「基礎的読解力」を調査した。
その調査結果の一例を紹介する。中学生・高校生の読解力が危機的な
状況にあることが理解できるだろう。
＜問＞次の文を読みなさい。
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメ
リカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、
東南アジアに主に広がっている。
この文脈において、以下の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢
のうちから１つ選びなさい。
オセアニアに広がっているのは（ ）である。
＜選択肢＞ (1)ヒンドゥー教 (2)キリスト教 (3)イスラム教
(4)仏教
正解は(2)のキリスト教だ。中学生の３人に１人以上、高校生の１０人に
３人近くが不正解だった。
この調査を通して次のようなことがわかった。
・中学校を卒業する段階で、約３割が（内容理解を伴わない）表層的
な読解もできない。
・学力が中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない。
・進学率１００％の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は
５０％強程度である。
こうした状況を踏まえて、新井紀子教授は次のように述べています。
近未来にＡＩに人間の仕事が代替される時代たやってきても、これ
までのイノベーションがそうであったように、新たな仕事が生まれて
ＡＩで仕事を失った労働力は新しい産業に吸収されていく。こんな楽観
論もあるが、私の未来予想図はこうだ。
企業は人不足で頭を抱えているのに、社会には失業者が溢れている。
折角、新しい産業が興っても、その担い手となる、ＡＩにはできない
仕事ができる人材が不足するため、新しい産業は経済成長のエンジン
とはならない。一方、ＡＩで仕事を失った人は、誰にでもできる低賃金
の仕事に再就職するか、失業するかの二者択一を迫られる。私には、
そんな社会の姿が目に浮かぶ。
ここに紹介されているような社会の状態は、あらゆる人知を駆使して
でも避けなければなりません。どうやらそのキーワードになるのが
読解力のようなのです。ＡＩ時代か否かにかかわらず、読解力が社会を
動かす大きな力であることを感じます。
未来社会の人々の幸せのために、教育制度、教育の内容と方法などを
実のあるものにするよう、政界、官界、経済界、産業界、教育界などが
知恵と力を合わせて取り組んでいくことが今求められています。
このページで解説されている内容の実践について、無料相談を承っております。
下記アドレスにＥメールでご相談ください。
hiro.oshima@nifty.com
現象考学研究所
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